ご成婚の日の青い空
令和天皇となった皇太子様と雅子様のご成婚の日は祝日となり、仕事は休みだった。我が家のマンションで、しっかり布団を干せる場所は屋上しかなかった。えっちらおっちら、布団を抱えて階段を上り、屋上に出ると、隣のお姉さんも洗濯物を干しにきていた。
「いいお天気になって良かったわね」
どちらからともなく、そんな話をした。風が気持ちよく、空が青かった。初めて経験する皇太子様のご成婚。ほぼ同世代の雅子様が誇らしく、新しい時代を感じた。初めて味わう、うきうきする気持ち。
清々しい、平成5年6月9日、テレビ中継を見た。それまでに何十回も見た、当時皇太子様だった平成天皇と美智子様のご成婚の映像とだぶる。
その時は、笑顔で手を振る雅子様は顔が少し引きつっているように見えた。
どんな覚悟で、今、この場にいるのだろう。いつ、どのように決断したのだろう。
時代が時代なら、シンデレラガールと呼ばれたのかもしれない。でも、今の時代は違うよなと思った。同世代だからわかった。
もうカフェでお茶は飲めない
帰国子女、ハーバード大卒、外務省キャリア。キャリアウーマン中のキャリアウーマンだ。バブル崩壊直後で少し浮かれた気分を失いかけていたかもしれないが、それでも尚、時代は今よりは前向きだった。
自分が選んだ仕事に没頭し、好きなメイクとファッションを身にまとい、友人や恋人とおしゃれな店に出かけ、美味しい食事と酒とおしゃべりを満喫し、そしてまた明日も仕事を頑張る。そんな日々が続くと思われるのが自然だ。
でも、皇太子様に見初められ、包囲網がだんだんと狭められていき、「ああ、これが私の運命だ」と思ったのではないだろうか。皇太子様は素晴らしい男性だ。
「僕があなたをお守りします」
そのお立場から、人としてこれ以上ない大きな愛を素直に打ち明けられたら、人として、女として応えないわけにはいかない。
ここで甘い言葉が聞こえてくる。
「これまでの経験や知識を皇室外交で存分に活かせます。これまでにない新しい皇室外交の扉をあなたが開けるのです」
当時のマスコミは無責任にそんな期待を伝えていた。これは、本当の覚悟を難しくしていたのではないだろうか。
後に精神的につらい状況だと伝わってきたときに、期待をもたされていたらからこそ、辛さは何倍にもなっておられたのでないかと思う。
同じ民間から嫁ぐ形になった義母である美智子様と比べてしまいがちだが、美智子様は名家の育ちで、世間を超越しておられた。この点で美智子様との距離が、雅子様の精神的負担になったのではとも思われる。
もう一生、自由にカフェでお茶することができないなんて、想像すればするほど、哀しくて怖い。からだと心のすべての勇気を奮い立たせての決意だったのだろう、と思う。
私たちも同じ時代に生きます
令和元年5月1日。
世間の心配をよそに、雅子様は、おおらかさを感じさせる自然な笑顔で手を振っていた。これまでのように口角を無理にあげた笑顔ではなかった。近年、病状は回復傾向にあると伝えられていたこともあるが、ここに来て、ついに本物の覚悟をされたのだろうと感じられた。
市井の私たちでさえ、新たに迎えた令和の時代を「良き時代に」と願いながらも、これまでにない不安感を抱いている。
皇室においては、さもありなん。いや、だからこそ、雅子様にはそこにしっかりと君臨してほしい。
私たち同世代の女性たちも、まだしばらくは生きていかなければならない。これからは、あなたの笑顔を目に留めながら生きていこうと思う。
令和元年5月1日に、そんなことを考えた。26年後、ちょっと想像もしていない日になった。