私はかつて、製薬会社で開発部員として働いていました。血圧を下げる降圧剤の評価法に疑問を持っていました。降圧剤はある一定期間の血圧を下げれば効果があるとされていました。同一時間測定した血圧を患者さんに記載してもらって、それを判断材料にしていたからです。
今回は、高血圧への降圧剤投与は基本的に予防で、全てに保険適用する意味はないということに関してお話しします。
余り知られていませんが、健康保険で償還される(いわゆる健康保険がきく)のは治療薬です。予防薬は健康保険の対象にはなりません。
早々に余談になりますが、インフルエンザの治療に使う場合には健康保険の償還の対象になりますが、インフルエンザの予防には健康保険の償還の対象とはなっていません。これは高齢者施設でインフルエンザが発生した場合に、他の入居者にも抗インフルエンザ剤を飲ませて感染拡大を抑えたいと思っても、10割負担する必要があるの、インフルエンザの感染拡大が起こってしまう可能性も否定できません・・・。今話題のCOVID-19のワクチンも保険収載されても健康保険では償還されません。でも、感染の広がりを止めなければ、経済的に国が回らなくなるので、国が負担するということに今のところなっています。
さて本題に戻ります。かつて健康保険は負担がありませんでした。でも保険財政の悪化により、現在では3割負担になっています。さらに、後期高齢者の自己負担は現在1割ですが、これを収入によって引き上げようという動きがあります。
イギリスでは現在も自己負担はありません。でも、日本に比べるといわゆる風邪では開業医に行ってはならないという、国民に対して保険を使う際に制限をかけたり、医薬品の保険償還の価格を抑えることや高額な医療品に関しては保険償還をしないなど新規医療品開発会社にプレッシャーを与えたりして保険財政を抑えています。
実際に日本の医療費に関しては全て健康保険料でまかなわれることから保険財政が苦しくなっていると良くいわれます。日本は超高齢化社会であるので、保険財政は苦しく、この先短期間で超高齢化社会は変動する可能性は低く、保険財政は今のままでは改善する可能性はありません。
効果が認められている高血圧症への治療に保険適用を絞ることで、保険財政改善への一助になると考えています。
そもそも高血圧症はなぜ治療する必要があるのか
高血圧症に関しては、自覚症状、他覚症状ともにほとんどありません。
健康診断で血圧計の測定結果が上の血圧(収縮期血圧)で140mmHg以上あるいは下の血圧が90mmHgであれば高血圧の疑いがあるので、病院で再検査と指示されます。病院に行って、血圧計が同じような結果をしめせば、高血圧症と診断されて薬が処方されます。
簡単に説明しましたが、病院では薬の副作用による高血圧や他の病気が原因の高血圧(まとめて二次性高血圧とよびます)でなければ「本態性高血圧」と診断名が確定します。この「本態性」というのは「原因不明」と同じ意味を持ちます。原因は分からないし、自覚症状、他覚症状がない、血圧計で測定した値が基準を超えているということから診断されているのです。
高血圧治療ガイドライン2019の目的は「実地医家が、日常診療上、最も高頻度に遭遇する高血圧症患者に対し、血圧管理によって脳心腎など高血圧合併症の発症予防、進展抑制を目指して適切な治療を提供するために、標準的な指針とその根拠をすべての医療者を対象に示すこと」とあります。
血圧の高い人は脳卒中や心臓病、腎臓病になりやすいので治療しましょうということです。また脳血管や心臓血管、腎機能の低下などの病気が分かった場合には進展抑制のために高血圧を治療した方が良いということです。
血圧の高い人は脳卒中や心臓病、腎臓病になりやすいことは、多くの疫学試験で明らかになっています。既に脳血管や心臓血管、腎機能低下の患者さんに対してその病気の進展を抑えるために血圧を低下させる治療を行うところは問題ありません。
しかし、保険償還では予防を認めないことと矛盾します。
高血圧症の治療すべき人を絞るべき
高血圧治療ガイドライン2019は高血圧学会がさまざまなエビデンスを集めて内容は優れたものです。きちんとエビデンスが確立しているものに対してはエビデンスレベルがAあるいはBとし、この内容は推奨するに足るものであると根拠になった文献とともに記載しています。
医学とは別に保険財政を考えたとき、予防は保険償還の対象にならないということに関しては、いままでそんなことを考えたこともないので、一切記載はありません。
予防には保険償還を行わないという原則に則るならば、まずは脳血管、心血管、腎臓病が併発していない場合には高血圧治療は保険治療をしないことにすべきかと思います。これで30歳から50歳ぐらいの降圧剤に対する保険負担はなくなります。かなり大きいのではないでしょうか。
これを実現するために、保険の対象から外れた人をほっておくだけでは問題があるかもしれません。これには機能性食品の出番と考えます。現在「130mmHg」を一つの目安として機能性食品のコマーシャルが流れています。これを「血圧高め」として「特定疾病用食品」として審査の上、承認すれば良いと思います。心臓病や腎臓病の検査の継続は同じように行えばいいわけです。
また、カルシウム拮抗薬は副作用も少ないことからOTC医薬品に切り替えて、医師の推奨によって薬局で購入するという仕組みも考えるべきです。
スマートウオッチを使った24時間血圧データと脳血管、心血管、腎臓病の併発関連性を調べるべき
公衆衛生上つまり平均寿命や健康寿命を延ばす(個々の人を対象にしたものではなく国全体の施策として)ためには高血圧を治療すべきかもしれません。しかし、政府は公衆衛生の対策として出しているのは「健康日本21」です。栄養・食生活、身体活動・運動、飲酒、降圧薬服用率を上げて、平均血圧を4mmHg下げることによって、平均寿命や健康寿命をあげることをめざしています。
高血圧のひとは4,300万人入るといわれています(高血圧症とわざと書いていません。病気と診断されていない人を含むからです)。そのうち高血圧症の診断基準(140/90nnhg)を超えているのは3,100万人と推定されています。その中には治療中でコントロールが不良な人が29%、血圧が高いことが分かっていて治療を受けていない人11%、自分の血圧を把握していないので治療を受けていない人が33%です。
健康21では健康診断や血圧測定の頻度を上げることによって「自分の血圧を把握していないので治療を受けていない人」を減らそうとしています。スマートウオッチで血圧を測ることができるようになっている機種がたくさんあります。スマートウオッチの普及とともに「自分の血圧を把握していないので治療を受けていない人」は減るかもしれません。
日本では家庭血圧を測定する機械として大抵のスマートウオッチは認められていません。これは大概のスマートウオッチの測定方法が学会で認めている血圧測定法ではないからです。学会が認めているのは上腕に圧力をかけて血管の流れる音の変化によって血圧を測定します。従って、厚生労働省はスマートウオッチの血圧測定を医療機器とは認めていません。従って、スマートウオッチのデータを用いて医療行為を行うことは「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(かつて薬事法といた法律です)に違反します。理不尽のように思いますが、いい加減な測定手段で得られたデータを診断に使うと病気出ない人を病気と診断したり、病気の人を病気でないと診断してしまう可能性があるからです。
昔はポンプで圧力をかけて、聴診器で音を聞いて血圧を測定していました。そうすると測定者によって差が出る可能性があるので、音はセンサーで拾うことを学会は推奨しています。これと同じ方法で血圧を測定するオムロン血圧計 ウェアラブル血圧計 HeartGuide HCR-6900T-Mは、スマートウオッチでも医療機器として認められています。
病院で測定する血圧は、人によっては「白衣高血圧」といって高く出る人がいます。わたしもそうでしたが、家庭血圧計を購入して計測すると病院で測定するよりも20ぐらい低くなっていました。
予防対象になる人の血圧は常に高いのでしょうか。ストレスを受けているとその期間は血圧が高くなり、うつ病を発病し、抗うつ剤を飲んだ場合に血圧が下がることがあります。ストレスに対する反応は人によって異なることから、ストレスによる高血圧は一時的なものである可能性があります。
これは24時間血圧測定のデータと脳血管、心血管、腎臓病の発症に関して検討したデータはありませんので、問題があるともないとも分かりません。
スマートウオッチをここで話題に出したのは24時間血圧が容易に測定できるからです。いままで24時間血圧を測定することは難しいことでしたが、スマートウオッチを用いれば比較的容易です。家庭血圧計と同程度の血圧測定ができるスマートウオッチが存在します。にもかかわらず、高血圧症と診断されると家庭用血圧計の購入を強く勧められ、毎日ノートに取ることを半ば強制されます。
少なくともスマートウオッチは心房細動を24時間監視できることによって心房細動の発見率が上昇しました。
患者に手間をかけずにデータを得るためには血圧計による血圧測定よりもスマートウオッチによる血圧測定の方が負担が少なくなります。
また、手書きに比べれば書き間違いの可能性は格段に低くなります。少し専門的というか製薬会社側の話になりますが、データを解析する際にデータベースに入力する必要がなくなります。今までは人が症例報告書を見ながら二人で入力し結果が合っていることを確認していました。それがスマートウオッチからデータベースに直接データが入力できるようになります。システムが必要になりますが、既に臨床検査値などでシステムが出来上がっており、それを応用するだけですので、コストもあまりかかりません。
血圧を下げる薬が予防効果があるのかは実は不明
前章で疫学的に確かめられていると記載した降圧剤は利尿剤あるいはカルシウム拮抗剤だけです。日本で高血圧に使われている薬にはもっと新しい薬が当たり前の様に用いられています。でも各々薬でほんとうに脳血管、心血管、腎臓病を予防しているかどうかは明らかになっていません。日本で最も販売量が多い薬がその試験を行いデータを偽造したことは記憶に新しいところです。
血圧を下げれば予防になるかどうかは、介入試験を行わない限りエビデンスとして高いものではありません。
塩分量を減らせばいいという話も、塩分量が少ない人は脳血管、心血管、腎臓病で無くなった人は少ないというデータは存在します。逆に塩分量を減らすことによって、脳血管、心血管、、腎臓病の発症率が下がったというデータはあることはありますが、現在推奨されている塩分量まで下げたものはありません。
塩分量に関しては、制限すると重大な副作用が発生する可能性があります。熱中症です。これは塩分不足によるもので、命にかかわる場合があります。従って、塩分制限を強制的に行うことは危険が伴うので、実際に試験を行うことは倫理上の問題があります。これは厳密な血糖制限を行って、糖尿病合併症の頻度の低下を目指した介入試験で、厳密な血糖制限群ではそうでない群に比べて低血糖発作が多発して中止になったことが大きく影響しています。
新しい降圧剤が厚生労働省で認可されるためには家庭血圧が基準となります。かつては患者さんがノートに記載してその値をもとに効果を判定していました。現在は血圧計に時間とデータが保管されてその結果をもとに判定することになっていると聞いています。(降圧薬は一種の飽和状態であまり開発品目はないそうです)
今は朝食後1回投与が多いので薬が体内から消えた朝食前に測定することにしたというのがかつて測定根拠として試験実施計画書に書かれていました。24時間血圧を測定するのは大変手間がかかった時代です。
今後は24時間血圧の測定が容易になると思われます。これはもしかすると高血圧症の診断基準も変わるかもしれません。
最後に
保険財政は小手先の変更では改善しないと思っています。負担を増やしてもまた、色々な薬を使うことによって保険財政の負担は増え続けます。そのため、抜本的な改革を提言します。
最も患者数の多い高血圧症に使われている薬で、合併症のない本態性高血圧症の治療に薬物治療を行わない、あるいは行っても保険償還しないということです。
高齢化社会ということで保険財政の負担が大きくなるということですが、GCPに対する医療費に対する負担額は決して日本が大きいということではありません。
常識に挑戦しなければ、保険を立て直すことは難しいのではないかと考え、この記事を作成ました。この方法は最善とは思いません。スウェーデンのようにエビデンスのない治療は行わないとしてしまうのは、目の前で苦しんでいるのにICUで治療できないというケースがでてくるので、治療は行わないという選択肢はとらず、医者は診断するが薬を処方しないという形も検討に値するのではないかと思います。
本文中のデータや文献に関しては全て「高血圧治療ガイドライン2019 高血圧学会」を参考にしました。