「どんな病気・疾患で摂食・嚥下障害になるんですか?」
「摂食・嚥下障害に関係する癌(がん)とは?」
今回は、摂食・嚥下に直接影響を与える疾患と、各疾患に対する摂食・嚥下リハビリテーションの基本的な方針について説明したいと思います。
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摂食・嚥下障害を引き起こす原因は大きくわけて3つになります。
- 疾患・病気が原因
- 加齢が原因
- 医原性が原因
※医原性とは、医療行為が原因となることです。
今回は1番『疾患・病気が原因』を解説します。
◆これまでの記事
摂食・嚥下障害の原因になる病気・疾患には何がある?
脳梗塞や嚥下に関係する部位の癌、神経疾患など、病気・疾患が直接摂食・嚥下機能に影響を及ぼすケースです。
摂食・嚥下障害に直接影響を及ぼす疾患は、
- 脳血管障害
- 神経疾患
- 頭頸部癌(とうけいぶがん)
の3つの疾患が代表されます。
その1. 脳血管障害
脳血管障害は、脳梗塞やくも膜下出血、脳内出血などの脳血管のトラブルにより引き起こされます。脳血管障害は別名・脳卒中(stroke)と呼ばれます。
脳血管障害の発症初期は、意識障害や薬剤の副作用による摂食嚥下障害があります。しっかりと栄養管理されたうえで、できるかぎり早期に安全な経口摂取へ移行することが重要になる時期です。
一方、意識障害は無く発症直後であっても経口摂取が可能な場合でも、嚥下関連筋の麻痺などによる摂食・嚥下障害はしばらく残ることになります。文献ではデータに差はあるものの、発症初期では65歳以上では摂食・嚥下障害は優位に多いと記載されている文献もあります。
Barerによる一側性脳血管障害後の嚥下障害の発症率の調査では48 時間以内は3割程度の患者に嚥下障害が残るが半年経つと 0.2%まで低下するとされ,才藤らは急性期では3~4割に嚥下障害が認められるが慢性期まで残存するのは 1 割に満たないと報告~戸原ら論文からそのまま引用~
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さて、損傷した部位によって摂食・嚥下の障害像も違ってきます。一側性病変、球麻痺と仮性球麻痺など大まかに分類され、それぞれ特徴もあります。私達セラピストはこうした分類も念頭にしてアプローチをしていきます。
この発症初期から回復期までの期間(一般的に6ヶ月)の間に、積極的なリハビリテーションがおこなわれます。 こうした積極的リハビリテーション期と自然回復を経て、その後の回復期や生活期では摂食・嚥下障害を有する人の割合が5~10%へと減ってきます。
では、5~10%の摂食・嚥下障害が残存した人は?そうした方々は、無理なく食べられる食事形態や食べ方、経管併用といった生活上の工夫が必要となります。
その2. 神経疾患
次に、神経疾患による摂食・嚥下障害です。神経疾患は3つのタイプに分類されます。
- 急速進行:筋萎縮性側索硬化症など
急速に進行する疾患の場合、食べられなくなる時期がそう遅くない時期に訪れます。呼吸器の装着の有無により経口摂取の可否も変わってきます。急に訪れるであろう終末期に関わる問題です。できる限り好きなものを食べ続けたい…、安全な栄養方法である経管栄養との併用が可能なのか、人工呼吸器はどうするのか、いつまで経口摂取を続けるのか、ご家族や支援者ら関係する人たちも、その時に備えコミュニケーションをとり準備する必要があります。
- 緩徐進行:筋ジストロフィーやパーキンソン病など
緩徐進行は長期化しやすいです。そのため、疾患以外による廃用や食欲低下など二次的三次的な問題が摂食・嚥下に影響します。食事以外の場面でのフォローが大事です。
また、ご本人・家族の受け入れが難しいのも 緩徐進行タイプの特徴です。私はかつてパーキンソン病の患者さんの息子さんから「どうして食べられなくなった!」「医療ミスではないか?」ついには「訴えるぞ!」と厳しく詰め寄られたことがあります。遠方に住んでらっしゃるご家族だったので、半年に一回程度しか会いに来られませんでした。そのためか、長期的な進行を受け入れられなかったのかもしれません。
酷かもしれませんが、少しづつ難しくなる経口摂取です。日々の食事の様子を丁寧にご本人や家族にフィードバックしていくことが緩徐進行タイプでは重要かと思います。
- 変動進行 :重症筋無力症や変動を伴いやすいパーキンソン病など
重症筋無力症は時間の経過とともに疲労します。食べ始めは調子がいいけど、そのうち嚥下しにくくなります。また夕方が近づくと筋疲労が蓄積され食事に影響します。
パーキンソン病は薬の効果が発揮される時間とそうでない時や服薬に関係なく突然動けなくなることがあります。
こうした変動進行タイプでは、食べる時間を決めずに食べられるときに食べる、一日三食を五食に分割して食べる、悪化時には躊躇(ちゅうちょ)せずに経口摂取をしない、経管栄養を併用する、など柔軟な対応(食事提供)が必要です。
その3. 頭頚部癌(とうけいぶがん)
頭頚部は摂食・嚥下に直接影響ある部位です。そこが癌により侵襲をうけるわけですから、当然機能面は大きな影響を受けます。さらに、喉頭摘出後や口腔舌癌後では器質的(形態の問題)にも影響を与えます。
①放射線治療による影響
放射線治療による粘膜炎や疼痛は、そのまま摂食・嚥下に影響を及ぼします。特に、唾液の減少、味覚鈍麻、舌~咽頭壁の筋力低下は顕著のようで、口腔・咽頭通過時間や残留率は優位に低下すると文献にあります。実際、私の経験でも口腔内の痛みや味覚消失を訴える放射線治療の患者さんが多かったです。
また、化学療法を併用すると嚥下障害はより顕著になるようです。抗がん剤の副作用である、嘔吐・嘔気は経口摂取を大きく停滞させ栄養状態を低下させます。
食事形態にはあえてこだわらず、味付けや食事の臭いなど配慮が必要かもしれません。化学療法されている患者さん向けに、味や臭い口に入れたときの食感などに配慮した食事(化学療法食)が提供される、がん専門病院もあるようです。
②手術による影響
頭頚部の癌の場合、切除範囲(温存)、その後の補綴具(口腔)や再建など代償の有無により機能障害はある程度予測されます。
術後の予後は個人的な因子も大きく影響します。また術前の嚥下の状態も予後予測するには重要なポイントです。たとえば、喉頭摘出などの場合、特に高齢者では代償手段獲得が難しいケースが多く見られます。術後の状態や年齢、意欲など幅広く影響します。新しい食べ方を練習するのは高齢者なら難しいでしょう。 経口摂取しつつ経管栄養も併用するなど、確実に栄養を取り入れる状態が先決です。その後、時間をかけて少しづつ食べられそうなものを食していく方法がベターとなります。
【私の事例】
喉頭摘出・気管分離、永久気管孔された方が転院されてきました。
前医では胃ろうも造設したままずっと絶食。造影検査で嚥下の動きを確認してから医師とカンファし経口摂取にトライしました。元々脳梗塞もあった方だったので、元来の嚥下の状態はよくなかったようですが、口から食べたい意欲は強い方でした。
試行錯誤で様々な食べ物で試してた結果、カレーだと飲み込みが良いことがわかりました。元々好物だったようですが、カレーのスパイス刺激も良かったのでしょう。臭いもわかる、とのことでした。
早速、弁当屋のカレー、レトルトカレー、奥さんの手作りカレー…様々なカレーを準備して摂食・嚥下リハビリ開始です。どうせなら、好きなもの美味しい食べ物で練習したいですよね?
それからしばらくして、緩和ケアを経由して経管併用(胃ろう)のまま最期は自宅に戻られました。数日間、奥さん手作りのカレーを毎日食べ続けたそうです。
言語聴覚室のカレーの臭いがしばらくとれなかったのは良い思い出です。
今回のまとめ
摂食・嚥下障害の原因『疾患・病気』『加齢』『医原性』の3つのうち、今回は『疾患・病気』について解説しました。
- 摂食・嚥下障害の原因になる病気・疾患は“脳血管障害”“神経疾患”“頭頚部癌”の3つにわけられる
- 脳血管障害の初期に摂食・嚥下障害がみられる(生活期にまで障害として残るのは5~10%程度)
- 神経疾患の場合、進行具合により必要な支援が変わってくる
- 頭頚部癌では、機能障害の予測はたてやすいが、侵襲具合や術前の嚥下の状態、年齢など個人因子も大きく影響する
次回は、摂食・嚥下障害の2つめの原因『加齢』について解説します。
【文献】
◆藤島一郎ほか:摂食嚥下リハビリテーションの全体像・第一分野,日本摂食・嚥下リハビリテーション学会(編),医歯薬出版:p52-91,2010年.
◆戸原玄ほか:摂食・嚥下障害への対応-摂食・嚥下障害の評価と訓練-,日本補綴歯科学会, 2013年5巻3号p.265-271 .
◆亀尾慶子:喉頭摘出-看護師の立場から-,医療,2006年60巻6号p.383-386.
◆安武健一郎ほか:がん化学療法時の食欲不振に対する特別食を用いた食事摂取支援,日本医療マネジメント学会雑誌, 2006年7巻2号p.309-314.