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1. TRIZって何?
TRIZは、「トゥリーズ」と読みます。日本語では、「発明的問題解決理論」といいます。
TRIZは、ロシア語で
T:Teoriya (Theory;理論)
R:Resheniya (Solving;解決)
I:Izobretatelskikh (Inventive;発明的)
Z:Zadatch (Problem;問題)
それぞれの頭文字を取ったものです。
TRIZは1946年旧ソビエト連邦で海軍の特許審査官をしていた、ゲンリッヒ・アルトシュラー(Genroch Atshuller)氏が40万件の特許資料を分析して導き出した「発明の原理」をまとめた、問題解決理論をいいます。その後スターリンの弾圧によりアルトシュラー氏は強制収容所に収容されたりしていましたが、彼の同僚や弟子たちとともに、理論を発展させました。後に分析した特許資料は250万件に達したそうです。
長い間、ソ連からは門外不出でしたが、ソ連の崩壊により多くの学者や技術者が西側諸国に流出してきました。それからとくにアメリカで、TRIZについての研究が盛んになり、日本にも1990年代後半に紹介されました。
海外ではアメリカのフォード社や韓国のサムスンが、TRIZを使って製品の改良をした事例が報告されています。
また日本でも、日立製作所やパナソニック、富士フィルム、日産自動車など多くの企業でTRIZの導入・適用が進んでいます。QFD(品質機能展開)や品質工学と組み合わせて、大きな成果を得ています。
アイデアを生み出す方法は、ブレインストーミングやJK法など、いろいろ発表されていますが、技術関係でブレークスルーを伴うような革新的な技法はTRIZしかないと言われています。
私も勤務先の技術部で特許管理を担当していたときに、発明特許を提出してもらうために、簡単な説明ですが紹介したことがあります。
2. TRIZを使った日立製作所での成功例
日立製作所がTRIZを用いてハードディスク(HDD)の寿命を延ばす技術の開発に成功しています。
ハードディスクは、ディスクと呼ばれる高速で回転する円盤の上を、スライダーと呼ばれる微小な読み取り装置が、非常に狭いすきまで浮き上がった状態で移動することにより、円盤に磁気的に記録されたデータを読み取る構造になっています。このすきまは、円盤が回転することにより発生する空気の流れによりスライダーが浮き上がることで得られます。
円盤とスライダーとのすきまは、10nm(ナノメートル)といわれています。よくたとえられますが、ジャンボジェット機がスライダーの大きさだとすると、約1mmの高さのところを飛んでいる状態になります。そのため少しのごみや突起が円盤上に生じても、スライダーの底面にあるセンサー部(読み取り部)はダメージを受けてしまいます。そうでなくても突起があれば、電気信号上の雑音が増えてデータの読み取りに影響を与えます。
この問題を、日立製作所の技術者はTRIZを用いて解決しました。
解決方法として、ハードディスクからデータを読み取る際に、雑音を検知すると、ディスクの回転数を下げることによりスライダーの浮き上がり量を減らして、底面にあるセンサー部ではなくセンサーの支持部を突起やごみにわざと接触させて削り取り、その後ディスクを元の回転数に戻し、スライダーの浮き上がり量を元に戻して接触しないようにする技術を発明しました。
この技術により、ハードディスクの寿命が大幅に改善されたそうです。
このほかにも、多数の技術的な改善や新製品の開発が、TRIZを用いて行われています。
3. TRIZの基本的手法
TRIZは、いくつかの手法から構成されていますが、基本的な手法としては、「39の技術的特性パラメータ」、「技術的矛盾マトリックス」「40の発明原理」の3つが挙げられます。
3.1 39の技術的特性パラメータ
これは、課題を解析する際に用いられる考え方です。
基本的には、どのような課題でもここで示す、「39の技術的特性パラメータ」の何れかに依存します。つまり、このは、物体やシステムが抱える基本的な課題になります。
「39の技術的特性パラメータ」
1.運動物体の重量
2.静⽌物体の重量
3.運動物体の⻑さ
4.静⽌物体の⻑さ
5.運動物体の⾯積
6.静⽌物体の⾯積
7.運動物体の体積
8.静⽌物体の体積
9.速度
10.⼒
11.応⼒・圧⼒
12.形状
13.物体の安定性
14.強度
15.運動物体の動作時間
16.静⽌物体の動作時間
17.温度
18.照度・輝度
19.運動物体の消費エネルギー
20.静⽌物体の消費エネルギー
21.動⼒
22.エネルギーの損失
23.物質の損失
24.情報の損失
25.時間の損失
26.物質の量
27.信頼性
28.測定精度
29.製造精度
30.物体が受ける有害要因
31.物体が起こす有害要因
32.製造の容易性
33.操作の容易性
34.保守の容易性
35.適応性
36.装置の複雑性
37.コントロールの困難性
38.⾃動化のレベル
39.⽣産性
3.2 技術的矛盾マトリックス
物体やシステムが抱える問題は、前述の「39の技術的特性パラメータ」に示す基本的課題に帰結できます。
しかし、課題となっている技術的特性パラメータを改善しようとすると、別の技術的特性パラメータが悪化する場合がほとんどです。そのことを示すのが「技術的矛盾マトリックス」というものです。
これは、利益相反と考えられる技術的特性パラメータのトレードオフについて示したマトリックス図になっています。
マトリックスの行(横並び)は改善したい「技術的特性パラメータ」、列(縦並び)は改善した場合に悪化する可能性がある技術的特性パラメータを表し、交差するセルには、その問題点を解決する可能性のある発明原理が記述されてます。
このマトリックス図のどのセルに該当するかを分類することが課題の解析になります。
「技術的矛盾マトリックス」の一部例を示します。
図 技術的矛盾マトリックス 創造性向上 アルトシューラーのマトリックスより
3.3 40の発明原理
「40の発明原理」とは、技術的矛盾マトリックスで解析された問題点を解決する可能性のある発明原理を、多くの特許より抽出したものです。TRIZの中核をなす考え方です。
ここでは、「40の発明原理」の項目について示します。
[40の発明原理]
1.分割の原理
2.除去/抽出の原理
3.局所的な性質の原理
4.非対称の原理
5.組合せの原理
6.汎用性の原理
7.入れ子の原理
8.つり合いの原理
9.先取り反作用の法則
10.先取り作用の原理
11.事前保護の原理
12.等ポテンシャルの原理
13.逆発想の原理
14.曲線/曲面の原理
15.ダイナミック性の原理
16.アバウトの原理
17.他の次元に移行する原理
18.機械的振動の利用
19.周期的な作用の原理
20.有用な効果を連続する原理
21.超高速実行の原理
22.害益変換の原理
23.フィードバックの原理
24.仲介の原理
25.セルフサービスの原理
26.コピーの原理
27.使い捨ての原理
28.機械的なシステムを置き換える原理
29.空気圧や液圧の原理
30.薄膜の原理
31.多孔質の原理
32.変色の原理
33.均質性の原理
34.部品の排除/再生の原理
35.凝集状態を変える原理
36.相変化の原理
37.熱膨張の原理
38.高濃度酸素を利用する原理
39.不活性雰囲気を利用する原理
40.複合材料を利用する原理
これらの発明原理が示す解決策とその解決策の例とを、ごく一部ですが示します。ここでは原理8について示します。
原則8. つり合いの原理
A. ある物体の重さを軽減するのに、別の物体の浮力や揚力と釣り合わせる。
例
発泡剤を丸太の束に注入して、浮きを良くします。
水中翼船でボート。
走行時、自動車を地面へ押し付けるスポーツカーのリアウィング。
ヘリウム気球を使用したアドバルーン
B. ある物体の重さを軽減するのに、流体力学特性を作用させる。
例
航空機の翼の形状は、翼の上の空気密度を減らし、翼の下の密度を上げて、揚力を生み出します。 (これは、原則4、非対称性も示しています。)
渦ストリップは航空機の翼の揚力を改善します。
水中翼船は、抗力を減らすために船を水中から持ち上げます。
とかなり具体的に想定されています。
4. TRIZの使い方
TRIZをどのように使うか、その実践プロセスについて見ていきましょう。
まず、TRIZを用いる場合の目の前にある課題を解決する手順について、従来の解決プロセスとTRIZを用いた場合の解決プロセスとを対比した、概念図を示します。
図 TRIZによる問題解決プロセス ORIGINAL
概念図で示したように、TRIZを用いる問題解法は、直接課題に対する解決策を模索することはしません。
TRIZによる問題解決プロセスは以下のような手順で行います。
- 現実の課題の抽象化:「技術的特性パラメータ」への落とし込み
- 抽象化した課題の解析:「技術的矛盾マトリックス」により相反する課題を認識する
- 抽象化した課題に対する解決策を探索:「技術的矛盾マトリックス」により対応する発明原理を抽出
- 探索した解決策を現実の解決策として具体化:得られた発明原理を評価して、適用可能な解決策を具体化して現実の解決策に落とし込む
これらの作業は、かなり多くの時間を費やすことになります。でも自分が持っている知識から解決策を見つけるよりは、はるかに物理的・工学的な原理に基づいた解決策が得られる可能性が非常に大きいです。
5.TRIZで、こんな困ったを解決したよ(解決例)
これはかなり昔のお話です。
皆さんは、指示棒って知っていますか。会議で、黒板やホワイトボードに書かれた内容を指し示す棒です。今は、レーザポインターが安くなっているので、レーザーポインターを使う人も増えてきていますが、少し前までは、指示棒でも文字を指し示していました。
昔は、プラスチックや木でできた細長い棒を使っていました。これは、持ち運びに不便で、教室などに備品として置いてあるのが普通でした。これを、どこでも持ち運べるようにして、個人で持てるようにしたいというニーズがありました。
(1)現実の課題の抽象化
ここで、考えられる改善したい課題は、「遠くの文字をさせるように指し棒を長くする」です。でも、細胞の長さを長くすることは、「指し棒の体積が大きくなって、収納したり持ち運びがしづらくなる」結果になります。
これを「39の技術的特性パラメータ」に当てはめると、
- 「遠くの文字をさせるように指し棒を長くする」から改善したいパラメータは「動く物体の長さ(No.3)」になり、
- 「指し棒の体積が大きくなって、収納したり持ち運びがしづらくなる」は「動く物体の体積(No.7)」になると考えられます。
他のパラメータも考えられますが、この例題ではNo.3とNo.7の2つのパラメータの背反問題と考えます。
このように、指し棒という具体的なものを技術的特性パラメータに置き換えると、改善すべきは動く物体の長さ(No.3)で、それに対して悪化するものは動く物体の体積(No.7)と考えられます。
(2)抽象化した課題とその解決策
次に、技術的矛盾マトリックスで、No.3とNo.7との組合せで対応する発明原理を調べると、
原理7:入れ子の原理、原理17:他の次元に移行する原理、原理04:非対称の原理、原理35:凝集状態を変える原理、の4つの発明原理が当てはまります。
「技術的矛盾マトリックス」から、これらに該当する部分を示します、
図 技術的矛盾マトリックスの一部 ORIGINAL
(3)該当する発明原理から現実の解決策を見つける
これら4つの発明原理について検討すると、今回の改善に対するアイデアが得られそうなのは、原理7と原理17と考えられました。それぞれ、
(1)原理7:入れ子の原理を着眼点に考えると、指し棒をアンテナのようにしてはどうかというアイデアが生まれます。これは、現在でも販売されている伸縮型の指し棒です。
(2)原理17:他の次元に移行する原理を着眼点に考えると、文字に注目させせればよいと考えると、今はやりのレーザーポインターを思いつく可能性が大きいです。
この様に、昔は長い棒状の指し棒しか無かったのが、現在では伸縮型の指し棒やレーザーポインターが販売されています。
図 指し棒の改良 イラストAC
6. まとめ:いろんなアイデアを出せるTRIZを勉強しよう。
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