都市河川、鶴見川に潜むモンスター
釣りというものは、何も壮大で特別な自然の中でしかできないものではない。
ブラックバスのために買った頑丈なロッドやリールを、遠くの湖まで行く手間を惜しんで眠らせてはいないだろうか。
筆者の家から程ないところにある鶴見川。生活排水や下水処理場の温水が流れ込んだ、
覗き込んだってコイしか泳いでいないような都市河川だ。
そんな川の奥底から、夜になると獲物を求めて彼らはやってくる。
それが今回紹介する暗闇のモンスター、ナマズだ。
ナマズ釣りとは
日本の淡水の生態系の頂点に、ナマズは古来から君臨してきた。
食料の乏しい時代の貴重なタンパク源であったのはもちろん、
江戸時代には生きたカエルを餌にナマズを狙うゲームフィッシングが確立していたという。
おどけたような愛らしい見た目とは裏腹に、その食性は一貫して肉食であり、
動くものなら共喰いも辞さないほどのどう猛な性質を持つ。
大きいものでは70cm以上にもなるその巨体は、まさしく都市河川の闇の支配者である。
地震を素早く察知するというような、嘘か本当か分からないような不思議な力を持つとされるが、
それは次に述べる彼らの体の驚くべき秘密が深く関わっていると言えよう。
ナマズの本領は夜に発揮される
彼らの獲物はもっぱら動くモノだ。
それらに対してより正確で効率の良いハンティングを追求した結果、
彼らはその大きな体を暗闇に隠し、じっと待ち伏せる事を選んだ。
暗闇では視界からの情報はほとんどと言っていいほど役に立たない。
彼らはその視力の大半と引き換えに、全身に水流を捉えるセンサーを獲得している。
自分以外の何かが動いた時に出す水流を解析し、
その者の大きさ、自分との距離、生きているものか、はたまた無機質な漂流物なのかなど、
実に様々な情報を集めることができる。
地震の時にいち早く反応を示すというのも、揺れによって起きる水流を捉えてのものと言えば納得できよう。
このセンサーは非常に敏感なもので、ウェーダーなどで川に入って行く際に人間の体から出る波紋や、
川岸などを歩く際の振動も敏感に捉えるため、彼らの領域に入って行くときは常に静かに行動する必要がある。
これは釣り全般に言える事だろうが、どんな小手先のテクニックよりもまず己の気配を消し、
現場の環境に溶け込み、魚たちに警戒感を与えない事はもっとも重要な事だ。
水面に落ちた虫がもがき出す波紋やカエルの平泳ぎによって出される波紋など、
現場の環境によって彼らが獲物と認識する波紋は多岐にわたるため、
さまざまなルアーを使って彼らの反応を見ながらアプローチしていく。
一見とても生き物には見えない様な形をしたルアーでも、生み出される波紋によっては思わぬ効果を発揮することもある。
それが食えるモノだと判断した場合、それまでじっと身を潜めていた彼らは突如として覚醒し、
狂ったように獲物を追いかけ回す。
水面の獲物に襲いかかる際に、彼らのユニークな平たい頭は、
ちょうど風呂桶を逆さにして浴槽に叩きつけた時のように ガボッ!! とすさまじい音を立てる。
暗闇の中で泳がせていたルアーに突然襲いかかってくるその瞬間は、毎回心臓を鷲掴みにされるようなスリルがあり、
どれだけの数のナマズを釣っても慣れることはない。
ナマズを追い求める者たちの多くは、あの快感の中毒者といっても過言ではない。
非日常との邂逅
あなたが車で10分で移動する距離を、ナマズ釣りでは数時間かけて歩きながら丹念にポイントを探ってゆく。
ナマズが食らいついてくるあの一瞬を求めて、時には一晩中歩き通すこともある。
普段何気なく通る橋の下には、夜になると無数のハトが集まり、
この空間に迷い込む異質な存在である人間をじっと見つめている。
河岸を歩いていると油断していたコイがこちらに気づいて、突然水しぶきをあげて猛ダッシュする、
通称「コイロケット」に肝を冷やすこともある。
意外と知られていないが、住宅街にもひっそりとコウモリは生息しており、
垂らした釣り糸を餌と間違えて襲いかかってきたりもする。
(彼らは超音波で空中の餌を探すため、釣り糸は非常に紛らわしいようだ。)
素敵な出会いを求めて男性をナンパしているおじさんに声をかけられたり、
子供なんているはずもない真っ暗な川の中州から、明らかにこの世の者ではない存在が現れることもあるかも知れない。
…まあ、これは筆者だけかもしれないが。
いずれにせよ、そこには昼間には影かたちも見えなかった世界が広がっているのだ。
あなたがもしこの世界に興味を持ったなら、ぜひ最初の一歩を踏み出してみてほしい。
ちょっとした道具を携えて、住み慣れたはずの近所に潜む冒険に挑んでみてはいかがだろうか。