作曲家の筒美京平さんや俳優の志賀廣太郎さんの死因が誤嚥性肺炎だったことは一時期話題になりました。料理家の周富徳さんや歌舞伎役者の中村勘九郎さんらも誤嚥性肺炎で亡くなったと報じられたことがあります。 誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)は直接死につながる怖い疾患です。 しかし、例え治療がうまくいって退院しても、実は誤嚥性肺炎は日常生活に大変な悪影響を及ぼしてしまうのです。誤嚥性肺炎のホントの怖さ…みなさんご存知でしょうか? Photo by 写真AC 誤嚥性肺炎は高齢者にとって直接死につながるとても恐ろしい疾患 回復しても身体機能の低下と日常生活へ悪影響を及ぼしてしまう 今回は、嚥下障害(えんげしょうがい)を専門にしている現役の言語聴覚士である筆者が、誤嚥性肺炎のホントの怖さ、そして今からできる誤嚥性肺炎を防ぐための工夫をご紹介します。 誤嚥性肺炎がなぜ今話題に? 厚生労働省の統計では、日本人の死因第7位が誤嚥性肺炎です。つまり、1年間で4万人が誤嚥性肺炎で亡くなっている計算になります。今や誤嚥性肺炎は高齢化社会の日本にとって国民病と言えるでしょう。高齢者に関する重要なキーワードである誤嚥性肺炎ですが、正しい知識を身につけることが必要です。 それでは、まずは誤嚥性肺炎について簡単にご説明しましょう。 誤嚥性肺炎とは? 誤嚥(ごえん)とは気管に唾液や食べ物が入り込むこと 誤嚥が続くと誤嚥性肺炎になりやすい 高齢者に誤嚥が多いのは飲み込みの老化現象 Photo by 写真AC 私達が食事をするとき、のどの奥では気管の入り口が筋肉の反射によって自動で閉じる仕組みになっています。この一連の流れを嚥下(えんげ)と呼びます。 この嚥下の仕組みがうまく機能しなくなり、唾液や飲み込んだものが気管に入り込んでしまうのが誤嚥(ごえん)です。誤嚥することは、俗に「ムセる」とも言われています。 高齢者の場合、加齢とともにこの嚥下機能がうまく働
photoAC 医療・介護の現場で働く方々にとって介護事故は防がなければいけません。介護事故は、利用者にとって深刻な被害をこうむるだけでなく、関わった介護職個人も責任を問われてしまいます。 そこで今回、介護事故の中でも、命に係わる事態へと発展しかねない窒息について、嚥下障害(えんげしょうがい)を専門にしている言語聴覚士が解説します。みなさんが働かれている施設や訪問先でぜひお役立てください。 窒息とは? 食べたものが気管に入り込むことを誤嚥(ごえん)と言います。誤嚥の原因は、脳梗塞などの嚥下関連筋のマヒがありますが、高齢者全般によくみられる老化現象の一つです。この誤嚥した食物が、空気の通り道である気道を塞いでしまい、呼吸がてきなくなる…この呼吸ができない状況が窒息といいます。 厚生労働省「食品による窒息現状把握と原因分析」によると、窒息事例は65歳以上に多く発生しているのが分かります。 窒息する原因は? 飲み込む力の低下 かみ砕く力の低下 吐き出す力の低下 認知する力の低下 食べるのに必要な力が低下している、吐き出す力が弱い嚥下障害のある方はもちろん、異食や口の中にどんどん食物をつめこんでいく食行動に問題のある認知症の方も、窒息リスクが高いといえます。 健康な高齢者の窒息 photoAC 嚥下障害や認知症のある方々に窒息リスクが高いことはお分かりいただけたかと思います。こうした方々への介助や見守りをしっかりしておけば窒息事故は防げるはずです。しかし、現実はそう簡単にはいきません…。ここで興味深い文献をご紹介しましょう。 日本摂食嚥下リハビリテーション学会誌(第21巻第2号)「急性期病院での食事による窒息事例の検討」(塚谷才明ほか)という記事が掲載されました。これは、地方都市にある急性期病院で過去に発生した窒息事例から傾向を分析した記事です。これによると、 自分で食事を食べている自立した人 嚥下障害のリスクがある人(※多くの高齢者が該当) 普通の食事を食べている人 入院早期の人 どうですか?つまり普通の食事をたべている普通の高齢者でも窒息事故が起こっているのです。 普通の高齢者の食事にこそ気を付けよう photoAC 嚥下障害のある人が食べる、刻んだ形態やミキサーにかけた食事では、気道を塞くことは稀なので誤嚥しても窒息まで至るケースは少ないと思います。 一方で、食事が自立している高齢者はどうで…
「あなたのご家族は嚥下(えんげ)障害です」 「残念ながら今は食べることができません」 写真AC あなたの大切な方が入院し、主治医からこのように説明を受けたとします。 さて、どう受け止めますか? 摂食・嚥下障害は高齢者にとっては身近な障害です。そして、この摂食・嚥下障害が低栄養や寝たきり、誤嚥性肺炎など摂食・嚥下障害は高齢者にとって命取りになる恐ろしい障害になるのです。 摂食・嚥下障害はそのメカニズムや原因は複雑に絡まり合っています。そして、高齢者の摂食・嚥下障害はそのまま終末期にも直結する重たいテーマです。 しかし、実はどういった障害なのか医師ですら丁寧に説明できる人が少ないのが現状のようです。また、終末期の摂食・嚥下障害に関していえば、治療や方針に関する明確な指標や診断基準もありません。これらの問題が、患者やご家族、そして関係職種を余計に混乱させている要因になっています。 そこで今回、摂食・嚥下障害を専門にして十数年、現役の言語聴覚士が摂食・嚥下障害をわかりやすくシンプルに解説をします。 摂食・嚥下障害で悩んでいるご本人やご家族はもちろん、介護医療職、さらに臨床とコツを知りたい新人の言語聴覚士や専門職の方々にも読んでいただけるようなシリーズにしたいと考えています。 まずは、摂食・嚥下の正しい知識を身につけることからはじめましょう。 最初は『摂食・嚥下障害の受け止め方』をテーマに解説をします。 【1】摂食・嚥下障害って何? あなたの大切な人が 摂食・嚥下障害になったときに備えて、まずは問題の本質を見抜ける用意をしておきましょう。 「なぁーんだ、いきなり用語の説明か…めんどくさいな~」 とおっしゃらずに、少しお付き合いください。摂食と嚥下の言葉の使い分けが、実は複雑怪奇に絡まり合う摂食・嚥下障害をシンプルに見渡すための第一歩になるからです。 ◆『摂食』と『嚥下』とは? 「最近おじいちゃんがムセこむようになった」 「脳梗塞の後遺症で食べられなくなった」 「食べる量が減ってきた」 「スプーンが上手く使えない」 このような食べることに関する障害全般のことを摂食・嚥下障害と呼ぶことになります。それでは『摂食』と『嚥下』の違いを見ていきましょう。 『摂食』とは食べる過程のすべてを意味します。 食べ物を口に入れる 咀嚼(そしゃく)をする 飲み込む…
「嚥下のしくみを教えてください」 摂食・嚥下障害をより深く理解していくには、嚥下の仕組みを理解する必要があります。今回は、嚥下に関係する解剖とそのメカニズムについて解説しましょう。 嚥下のメカニズムについて少しでもイメージすることができたら誤嚥(ごえん)防止策や対策の理解へとつながります。 できる限り丁寧にわかりやすい解説を心がけますが、嚥下は目で見ることのできない喉(のど)内部の働きによるものです。そのため、イメージしにくいところもあります。 図表や動画のリンクも貼っているので、それらのサイトも参考にしながら、ぜひ最後までお付き合いください。 【1】口から肛門まで貫く一本の管 人の消化器官は口から肛門まで一本の管(くだ)になっています。 私たちが口にした飲食物は、この一本の管を 口 ⇒ 喉 ⇒ 食道 ⇒ 胃 ⇒ 小腸 ⇒ 大腸 ⇒ 直腸の順に通過して出口の肛門にたどり着きます。 写真AC この記事を読まれている方の中には、学生時代に魚の解剖をした経験のある方がいらっしゃるかもしれません。ちょっぴりマニアックな話しになりますけど、 内胚葉、外胚葉、そして中胚葉…思い出された方いますか? また、ご自宅で魚をさばく方もこの仕組みをご理解いただけるかと思います。魚の消化器官は、一本の管のように口から肛門までつながっています。人の消化器官も魚と同じ構造です。 生物は口から肛門まで一本の管になっています。 ◆ 二本の管が交わるところ 写真ぱくたそ 口から肛門まで一本の管となっていることがご理解いただけたかと思います。一本の長~い管になっている消化器官ですが、じつは消化器管が他の管と交わるところが一か所だけあります。 その場所が『喉(のど)』です。 そして、喉で食道と交差する唯一の管が『気管(きかん)』になります。 つまり、 食べ物が通る管 ⇒食道 空気の通る管 ⇒気管 喉にはこの二本の管が交差していることになります。 ◆ 人にとって危険な喉の構造~人類の進化は誤嚥(ごえん)との闘い?~ じつはこの構造、食道と気管とが交差することは人体にとって大変危険であることを意味しています。それは、もし飲食物が間違って気管の方へ行ってしまうと…呼吸が苦しくなり最悪命に関わるからです。 飲食物が何らかの理由で気管に入り込んでしまうのが誤嚥(ごえん)です。 なぜ、生
「嚥下障害て言われたけど…どこに問題あるのかな?」 「舌の動きって飲み込みにどう関係しますか?」 前回の記事では、『お皿の上にある食物を口に入れる⇒飲み込む⇒胃に届く』までの一連の流れに障害があることを摂食・嚥下障害と説明しました。 今回は、この一連の流れを通して、もう少し詳しく嚥下機能を見ていきましょう。 写真AC 口から胃までの食物の流れは直接見ることのできないブラックボックスです。 分かりづらく、少し専門的な話しが増えてくるかもしれません。 しかし、嚥下に関する詳しい機能がわかれば、摂食・嚥下障害のある方の『どの段階に問題があるのか』を整理して知ることができます。 ◆これまでの記事【シリーズ】摂食・嚥下障害をわかりやすく教えます【解説】~摂食・嚥下障害の受け止め方~ 【シリーズ】摂食・嚥下障害をわかりやすく教えます【解説】~嚥下のしくみ~ 【1】食物が胃に届くまでには段階とは? 口に入れた食物は 口腔準備期 口腔期 咽頭期 食道期 という4つの段階を経て胃に届けられます。 この4つの段階を4期モデル(four stage sequence model;古典モデル)と言います。今回は、この4期モデルに「先行期(認知期)」(お皿にある食物を口に入れるまでの段階)を含めた5期モデル(Leopoldのモデル)で説明します。 写真AC 摂食・嚥下の5期モデル 1:先行(認知)期 先行期は、食物を口に入れるまでの段階のことです。何をどのようなペースで食べるかを判断します。視覚や嗅覚などの感覚や食事に対する経験が必要です。食物性質(物性や味、温度)を感知して、口に運ぶまでの量や食具を決定して口へと取り込みます。 この期では、食べ物を認識する認知・判断力がポイントになります。上肢の運動機能や、食具の使用、姿勢、食事環境も影響します。
「一体どこに問題があるから食べられないの?」 「食べにくい症状は、実際にどの部分に問題があるから起こるの?」 あなたの大切な人が口から食事が食べられない摂食・嚥下障害だと判明しました。 あなたは、医師から一通り説明を受けたかもしれません。もしくはご自分で調べようと様々なサイトをご覧になったかもしれません。 …しかし、摂食・嚥下障害を理解することは難しい…ですよね? 写真AC 「ご飯が食べにくい事があるけど関係ありますか?」 「先行期の障害ってどんなのがありますか?」 「咽頭期に問題があると食べるときに、どのような影響があるの?」 このような疑問を抱くみなさんに、今回は摂食・嚥下障害の症状とその影響についてわかりやすく解説します。 ◆これまでの記事 【シリーズ】摂食・嚥下障害をわかりやすく教えます【解説】~摂食・嚥下障害の受け止め方~ 【シリーズ】摂食・嚥下障害をわかりやすく教えます【解説】~嚥下のしくみ~ 【シリーズ】摂食・嚥下障害をわかりやすく教えます【解説】~食べ物が通る段階を知ろう~ 【1】 嚥下5期モデルのおさらい 写真AC 前回の記事では、嚥下の5期モデルについて説明しました。「先行期」「準備期」「口腔期」「咽頭期」そして「食道期」です。 前回の内容を踏まえて、嚥下の5期モデルにそって、各期の症状が実際の食事場面でどのような影響を与えてしまうのか解説しましょう。 まずは、前回のおさらいをします。 先行期:食物を目や臭いで“食物”と認識して口に