「嚥下のしくみを教えてください」
摂食・嚥下障害をより深く理解していくには、嚥下の仕組みを理解する必要があります。今回は、嚥下に関係する解剖とそのメカニズムについて解説しましょう。
嚥下のメカニズムについて少しでもイメージすることができたら誤嚥(ごえん)防止策や対策の理解へとつながります。
できる限り丁寧にわかりやすい解説を心がけますが、嚥下は目で見ることのできない喉(のど)内部の働きによるものです。そのため、イメージしにくいところもあります。
図表や動画のリンクも貼っているので、それらのサイトも参考にしながら、ぜひ最後までお付き合いください。
【1】口から肛門まで貫く一本の管
人の消化器官は口から肛門まで一本の管(くだ)になっています。
私たちが口にした飲食物は、この一本の管を 口 ⇒ 喉 ⇒ 食道 ⇒ 胃 ⇒ 小腸 ⇒ 大腸 ⇒ 直腸の順に通過して出口の肛門にたどり着きます。
写真AC
この記事を読まれている方の中には、学生時代に魚の解剖をした経験のある方がいらっしゃるかもしれません。ちょっぴりマニアックな話しになりますけど、 内胚葉、外胚葉、そして中胚葉…思い出された方いますか?
また、ご自宅で魚をさばく方もこの仕組みをご理解いただけるかと思います。魚の消化器官は、一本の管のように口から肛門までつながっています。人の消化器官も魚と同じ構造です。
生物は口から肛門まで一本の管になっています。
◆ 二本の管が交わるところ
写真ぱくたそ
口から肛門まで一本の管となっていることがご理解いただけたかと思います。一本の長~い管になっている消化器官ですが、じつは消化器管が他の管と交わるところが一か所だけあります。
その場所が『喉(のど)』です。
そして、喉で食道と交差する唯一の管が『気管(きかん)』になります。
つまり、
- 食べ物が通る管 ⇒食道
- 空気の通る管 ⇒気管
喉にはこの二本の管が交差していることになります。
◆ 人にとって危険な喉の構造~人類の進化は誤嚥(ごえん)との闘い?~
じつはこの構造、食道と気管とが交差することは人体にとって大変危険であることを意味しています。
それは、もし飲食物が間違って気管の方へ行ってしまうと…呼吸が苦しくなり最悪命に関わるからです。
飲食物が何らかの理由で気管に入り込んでしまうのが誤嚥(ごえん)です。
なぜ、生命の危機を抱かせるような誤嚥と隣り合わせの人体構造になってしまったのか?
一説によると、人が二足歩行と発声を両方獲得したため、このような危険なリスクを背負う構造になってしまった、とも言われています。
四つ足の動物では決して見られない構造です。
以上、ここまで解剖のお話しでした。
次は嚥下するときに喉の中ではどのような動きがなされているのかを解説していきましょう。
【2】嚥下のメカニズム~ゴックンの音の正体~
写真ぱくたそ
私たちが食事をする時、最初は飲食物を口に入れ、かみ砕き咀嚼(そしゃく)をします。そして、咀嚼が適度に終わったら“ゴックン”と飲み込みます。この“ゴックン”することを嚥下(えんげ)と呼ぶことは、前回の記事でもご説明しました。
◆ “ゴックン”の音の正体~喉頭蓋(こうとうがい)の働き~
気管に飲食物が入り込むのを防御する蓋(ふた)のことを喉頭蓋(こうとうがい)と呼びます。
“ゴックン”という音の正体のひとつに、食物が喉を通る瞬間に喉頭蓋が閉じる音があります。
喉頭蓋が閉じると同時に、喉がギュッと閉まり飲食物を食道へと送り込みます。
さらに喉仏(のどほとけ)を上に引き上げて食道の入り口を広げる動きも嚥下の瞬間にみられます。鏡を見ながら食べ物を飲み込むと…“ゴックン”の音に合わせて喉仏が上に上がると思います。
つまり、喉の中で様々な筋肉が同時に複雑に動き“ゴックン”の音を出しているのです。
ちなみに、この同時多発の嚥下関連筋の動きですが、どこかのタイミングがズレると“ゴックン”の音が間延びしたように聞こえたり、動きが弱いと音が弱くなったり、普通とは違う音が聞こえてきます。
聴診器でこの嚥下音を聞き分ける嚥下評価方法(頚部聴診法)があります。頚部聴診法は、慣れるにはコツが必要で、聞き分けるトレーニングも必要です。実際の食事する場面での評価法としては精度が高く、得られる情報も多いことから、頸部聴診は臨床家の間で好んで使われます。
◆ 嚥下は一瞬のできごと
私たちの喉には、嚥下に必要不可欠な筋肉や神経が数多く張り巡らされています。
嚥下の際には、これら喉の筋肉はもちろん、首や肩・胸など上半身に張り巡らされた筋肉も総動員されます。
この総動員の結果、嚥下が達成されることがお分かりいただけたかと思います。
この動画は健康な人の嚥下を側面からレントゲン撮影したものです。造影剤の入った飲食物を口にし飲み込んでいる様子です。
実際にご覧になって驚かれたかと思います。嚥下は一瞬の出来事です。そして、この一瞬に合わせて関係する筋肉が絶妙なタイミングとバランスで動いていることが、この映像を通してお分かりいただけるかと思います。
ちなみに、それぞれの筋肉がどのように嚥下に作用しているのかは、全て解明されているわけではありません。未だに謎の多いブラックボックスは、緻密で精巧であり、嚥下のメカニズムはまさに人体の神秘です。
【3】まとめ
- 『飲食物を通す管』と『空気(酸素)を通す管』は喉(のど)で交わる
- 飲食物が気管に入り込むことを誤嚥とよぶ
- 飲食物と空気(酸素)とを適切に切り替える誘導ポイント(喉頭蓋)のおかげで誤嚥せずに食べられる
- 適切な方向へ誘導できないと誤嚥し嚥下障害につながる
次回は、摂食・嚥下障害の“どの部分に問題があるのか”を整理する『嚥下モデル』について解説します。