「嚥下障害て言われたけど…どこに問題あるのかな?」
「舌の動きって飲み込みにどう関係しますか?」
前回の記事では、『お皿の上にある食物を口に入れる⇒飲み込む⇒胃に届く』までの一連の流れに障害があることを摂食・嚥下障害と説明しました。
今回は、この一連の流れを通して、もう少し詳しく嚥下機能を見ていきましょう。
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口から胃までの食物の流れは直接見ることのできないブラックボックスです。 分かりづらく、少し専門的な話しが増えてくるかもしれません。
しかし、嚥下に関する詳しい機能がわかれば、摂食・嚥下障害のある方の『どの段階に問題があるのか』を整理して知ることができます。
◆これまでの記事
【1】食物が胃に届くまでには段階とは?
口に入れた食物は
- 口腔準備期
- 口腔期
- 咽頭期
- 食道期
という4つの段階を経て胃に届けられます。
この4つの段階を4期モデル(four stage sequence model;古典モデル)と言います。
今回は、この4期モデルに「先行期(認知期)」(お皿にある食物を口に入れるまでの段階)を含めた5期モデル(Leopoldのモデル)で説明します。
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摂食・嚥下の5期モデル
1:先行(認知)期
先行期は、食物を口に入れるまでの段階のことです。何をどのようなペースで食べるかを判断します。
視覚や嗅覚などの感覚や食事に対する経験が必要です。食物性質(物性や味、温度)を感知して、口に運ぶまでの量や食具を決定して口へと取り込みます。
この期では、食べ物を認識する認知・判断力がポイントになります。上肢の運動機能や、食具の使用、姿勢、食事環境も影響します。
2:口腔準備期
食物を口の中に入れ咀嚼し食塊(しょっかい)にする段階です。
口腔準備期は次の2段階に分けられます。
◆口腔準備期 ~その①~
食物を捕食し噛み切ります。
捕食された食物は口の前方に位置します。上下の歯により噛み切られる時、舌の奥側がしっかり上顎に密着しています。食物がこれ以上奥に進まないように奥舌が盛り上がり堤防となってせき止めます。
一方、舌の前方は器用に動いています。大まかにかみ切られた食物を加工処理するため舌が臼磨・粉砕を補佐します。
舌先は餅つきの返し手と同じ働きをしています。クールポコのせんちゃんと一緒です。
こうして、今度はかみ砕きから咀嚼(そしゃく)する段階へと移行します。
◆口腔準備期 ~その②~
舌と頬で臼歯上に食物を移動させ咀嚼します。
咀嚼時には、舌だけではなく頬も積極的に動きます。舌は食物を移動させますが、頬もその役割を担っています。口の中でかみ砕かれた食物は、やがて中央が凹んだ舌に集積され、一つの塊へと形成されます。
これが食塊形成(しょっかいけいせい)です。
口腔準備期では、この食塊形成が重要なポイントになります。
3:口腔期 (嚥下第1期)
ひと塊となった食塊を咽頭に送り込む段階です。
咀嚼され食物が唾液と混ざり、ひとつの塊になって食塊形成されました。すると、口腔準備期では器用に動いていた舌の前方が、今度は前歯裏~上顎にしっかり密着し固定されます。舌の前方が上顎に強く密着することで食塊を咽頭に送り込む準備をします。舌の役割が口腔準備期と前後逆になるのです。つまり、口腔期では舌の前方が堤防の役割を果たし、舌の奥側が器用に動いて食塊を咽頭へと送り込むのです。
この時、舌の動きが充分でないと送り込みに影響が出ます。
- 舌の力強いダイナミックな動き
- 舌の器用で繊細な動き
口腔期では、舌の動きが重要なポイントになります。
舌先がギュッと上顎に押し付けるようにさらに力強く密着します。こうして咽頭へ送り込むための圧力を高めているのです。その間、咀嚼の動きにあわせて、食塊の一部が咽頭へと届きます。その先には嚥下反射のスイッチがあります。食塊の一部が今にもスイッチに届きそうです。
さぁ、いよいよ嚥下反射 の出番だぞ!
4:咽頭期 (嚥下第2期)
嚥下の段階です。咽頭へ差し掛かった食塊の先端部が、咽頭に分布する嚥下反射のスイッチを刺激します。その瞬間、嚥下反射が惹起(じゃっき)します。これにより、精密機器のような嚥下関連筋と各種関係する神経が絶妙なタイミングで反応します。
これらの連動した動きを嚥下の協調運動(きょうちょううんどう)と言います。
気管を防御する蓋(ふた)である喉頭蓋が気管の入り口を閉じて誤嚥を防止。食塊はそのまま食道方面へ誘導されます。鼻腔に逆流しないように鼻の奥側(のどちんこの上部)も収縮して鼻腔と口腔とを隔てます。
こうして、口腔内の圧力が加わった食塊は力強く一気に咽頭を通過し、 開大筋により開いた食道の入口部へと向かいます。
咽頭期では、誤嚥防止とスムーズな咽頭通過が重要なポイントです。また、反射的な運動に切り替わるのもこの時期です。
5:食道期 (嚥下第3期)
食道を通り胃に届く段階です。送り込まれた食塊を食道が受け入れます。食道は収縮を繰り返し蠕動(ぜんどう)運動と重力によって8~20秒程度かけて胃に届きます。
食道期では、蠕動運動が重要なポイントになります。
【出典】誤嚥性肺炎.com 摂食嚥下の5期モデルより
今後の解説シリーズにも、この5つの段階は登場します。
ぜひ覚えておいてください。
【2】もう一つの摂食・嚥下モデル ~プロセスモデルについて~
この5期(4期)モデルとは別に、プロセスモデル(process model)とよばれる嚥下動態モデルがあります。
1992年にDr.Palmerによって提唱されたモデルは、日本でも早くから紹介され「咀嚼嚥下複合体」と訳されました。簡単に説明すると、4期モデルのうち、「口腔準備期」「口腔期」をひとつにまとめた咀嚼を中心にして嚥下を見ていくモデルです。
実は「液体」を嚥下するのと「固形物」を咀嚼して嚥下するのとでは、嚥下の動態が違ってきます。先に紹介した4期モデルは液体嚥下(お茶をひと口貯めてから飲む;命令嚥下)のモデルに近いです。
一方、プロセスモデルは固形物の嚥下動態であり、実際の食事場面に即しています。
みなさんも食事のときに試してください。
「お茶をひとクチほど口に含んでから飲み込む」と「ご飯をモグモグ咀嚼しながら飲み込む」とでは口の動きも飲み込み方も違います。咀嚼嚥下の時は、咀嚼しつつ咽頭に食物を徐々に送り込んでいるのがお分かりいただけます。
【出典】Puffineが観たい!より
このプロセスモデルは難しく複雑な理論です。
専門職でない摂食・嚥下障害の当事者やご家族の方には直接必要の無い情報かもしれません。でも、なぜわざわざプロセスモデルを紹介するのか?
それは、プロセスモデルが摂食・嚥下障害の治療・予防のヒントになるからです。
言い換えれば、摂食・嚥下障害の治療・予防のカギはプロセスモデルと咀嚼にあるのです!
と、ここまで大風呂敷を広げてしまいました。プロセスモデルと咀嚼に関して分かりやすく説明するのは並大抵ではありません。後日改めて解説しましょう。
【3】まとめ
- 各期の特徴を知っていれば摂食・嚥下障害の原因や対策・予防も理解しやすい
- 舌は食塊形成と食塊送り込みに重要な働きをする
- 咀嚼を中心にとらえるプロセスモデルは治療・予防のヒントになる
次回は、摂食・嚥下モデルにそって病態・障害について説明します。
【文献】
金子芳洋「摂食・嚥下リハビリテーション」 金子芳洋,千野直一(監),医歯薬出版:pp19-25,1999年.
松尾浩一郎「プロセスモデルで考える摂食・嚥下リハビリテーションの臨床」 才藤栄一(監),医歯薬出版:pp16-17,2014年.
倉智雅子他「摂食嚥下障害のメカニズムと摂食機能療法」理学療法ジャーナルVol.52:pp117-122,2018年.