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医療・介護の現場で働く方々にとって介護事故は防がなければいけません。介護事故は、利用者にとって深刻な被害をこうむるだけでなく、関わった介護職個人も責任を問われてしまいます。
そこで今回、介護事故の中でも、命に係わる事態へと発展しかねない窒息について、嚥下障害(えんげしょうがい)を専門にしている言語聴覚士が解説します。
みなさんが働かれている施設や訪問先でぜひお役立てください。
窒息とは?
食べたものが気管に入り込むことを誤嚥(ごえん)と言います。誤嚥の原因は、脳梗塞などの嚥下関連筋のマヒがありますが、高齢者全般によくみられる老化現象の一つです。
この誤嚥した食物が、空気の通り道である気道を塞いでしまい、呼吸がてきなくなる…この呼吸ができない状況が窒息といいます。
厚生労働省「食品による窒息現状把握と原因分析」によると、窒息事例は65歳以上に多く発生しているのが分かります。
窒息する原因は?
- 飲み込む力の低下
- かみ砕く力の低下
- 吐き出す力の低下
- 認知する力の低下
食べるのに必要な力が低下している、吐き出す力が弱い嚥下障害のある方はもちろん、異食や口の中にどんどん食物をつめこんでいく食行動に問題のある認知症の方も、窒息リスクが高いといえます。
健康な高齢者の窒息
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嚥下障害や認知症のある方々に窒息リスクが高いことはお分かりいただけたかと思います。こうした方々への介助や見守りをしっかりしておけば窒息事故は防げるはずです。
しかし、現実はそう簡単にはいきません…。ここで興味深い文献をご紹介しましょう。
日本摂食嚥下リハビリテーション学会誌(第21巻第2号)「急性期病院での食事による窒息事例の検討」(塚谷才明ほか)という記事が掲載されました。これは、地方都市にある急性期病院で過去に発生した窒息事例から傾向を分析した記事です。
これによると、
- 自分で食事を食べている自立した人
- 嚥下障害のリスクがある人(※多くの高齢者が該当)
- 普通の食事を食べている人
- 入院早期の人
どうですか?つまり普通の食事をたべている普通の高齢者でも窒息事故が起こっているのです。
普通の高齢者の食事にこそ気を付けよう
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嚥下障害のある人が食べる、刻んだ形態やミキサーにかけた食事では、気道を塞くことは稀なので誤嚥しても窒息まで至るケースは少ないと思います。
一方で、食事が自立している高齢者はどうでしょうか?
普通の食事を誤嚥した場合は気道を塞ぐ可能性があります。また「自分で食べられる」ので、介護職のみなさんは油断しがちです。そして、異変に気が付くと窒息していた…しかも一人で食べていたら発見が遅れ重篤なケースに発展する可能性があります。
「だったら利用者に提供する食事はすべてミキサー食にすればいい」というのは極論かもしれません。しかし、介護職のみなさんは常に窒息のリスクにおびえながら食事介入をしていくことになります。
では、どうすれば窒息リスクのある人を見つけ出せばいいの?対策はないの?
窒息リスクのある人…それは歯を見ればわかる
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かむ力を最大限に発揮するのは奥歯です。
私達が食物を口に入れると、舌を前後左右に器用に動かしながら食物をかみ砕きます。そして、食物はかみ砕かれながら少しづつ自然にのどへと送り込まれていくのです。この一連の流れを咀嚼(そしゃく)といいます。
つまり、私達は食物を『かみ砕き』ながら『飲み込み』も同時進行で行っているのです。
この『かみ砕き』と『飲み込み』の同時進行がポイントです。
かみ砕きの主力は第一臼歯です。この第一臼歯が欠損していると充分なかみ砕きはできません。健康な人なら別の歯でかみ直しもできます。しかし、高齢者(特に認知症や口のマヒがある人)の場合、充分にかみ砕かれることなく咀嚼が続くことになります。やがて、充分に『かみ砕き』されることなく『飲み込み』のプロセスが同時進行で始まってしまう…非常に危険な状態に陥ります。また充分に機能する奥歯を持ち合わせてない場合、咀嚼の回数そのものが減少する傾向があるようです。
そのため、第一臼歯が欠損している高齢者は窒息のリスクが高いと言えます。
では、入れ歯があると安心?実はそうとも言い切れません。入れ歯が合わないとかみ砕きの効率は低下します。また、上顎は口の中でも有能なセンサーになっています。食物の硬さや粘性を上顎が感知します。入れ歯があると上顎のセンサーの感度は鈍りますが、合わない入れ歯では上顎のセンサーが機能しなくなるのです。
このように、口の中の環境は、窒息事故を防ぐためにも重要です。第一臼歯の欠損や入れ歯が合っていない方には歯科受診を勧めましょう。適切な治療と適合する入れ歯に調整する必要があります。
窒息しやすい食べ物を把握しておこう
内閣府食品安全委委員会によると、ごはんの窒息リスクを1倍とした場合、パンは2.6倍、魚介類・果実は1.2倍、肉類1.6倍、そして餅は103.6倍となっています。窒息リスクの高い食品をしっかりし把握しておきましょう。危なくないように調理で工夫するか、そもそも食事に出さないようにすることが重要です。
ちなみに、かみ砕きに不安があるけど「どーしてもパンが食べたい」と言われることがあります。そんな時、私はクロワッサンをお勧めします。クロワッサンはパンの中でも比較的安全かと思います。理由は、指でちぎりやすく、口に入れると適度にまとまるのでパサつきは少なく感じます。そして、飲み込むときには程よく溶けてます。口当たりも良く満足度は高いようです。口の中が渇いていると引っかかるので、しっかりと水分を並行して取るようにしましょう。
また、認知症により丸飲みしてしまう方は、食事形態の変更の他、小さいスプーンを使ってもらう、小皿に分ける、といった食具の工夫で対応で防げることもできます。
窒息した時は?
窒息時に水を飲ませてはダメです。窒息を助長し誤嚥にもつながります。
ここでは正しい対応をご紹介します。
◎ハイムリック法
後ろから抱きかかえるようにして、片方の手で握りこぶしを作ります。
そして瞬時に引き上げ食物を吐き出させます。
◎背部叩打法
手の付け根で肩甲骨の間を迅速に叩きます。
◎掃除機で吸引する
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通常、医療現場で使われる吸引器では吸引チューブが細く異物除去は期待できません。
窒息時には掃除機が進められています。実際、病院でも窒息に備え掃除機を設置していることころがあります。
掃除機で吸引をする際には、顎をしっかり上げるのがコツです。顎を上げることで気管の入り口が広がります。異物除去が容易になり、気道を確保につながります。そして、口の中の異物が見えたら指を使って掻き出しましょう。
一瞬の躊躇(ちゅうちょ)が命取りにつながります。
※掃除機の使用に関しては衛生上の問題が指摘され医師によっては賛否わかれます
最後に
加齢とともに窒息のリスクは高まります。高齢者にとって、窒息事故の多くは不測の事態です。しかし、介護事故を未然に防ぐには、介護職にとっては絶え間ない努力が必要です。窒息事故を防ぐためにも、日頃から利用者の窒息リスク判別をしておきましょう。そして、万が一不測の事態に陥った時に備えて、早急な対応と連絡・報告体勢を万全にしておきましょう。