「あなたのご家族は嚥下(えんげ)障害です」
「残念ながら今は食べることができません」
写真AC
あなたの大切な方が入院し、主治医からこのように説明を受けたとします。
さて、どう受け止めますか?
摂食・嚥下障害は高齢者にとっては身近な障害です。そして、この摂食・嚥下障害が低栄養や寝たきり、誤嚥性肺炎など摂食・嚥下障害は高齢者にとって命取りになる恐ろしい障害になるのです。
摂食・嚥下障害はそのメカニズムや原因は複雑に絡まり合っています。そして、高齢者の摂食・嚥下障害はそのまま終末期にも直結する重たいテーマです。
しかし、実はどういった障害なのか医師ですら丁寧に説明できる人が少ないのが現状のようです。また、終末期の摂食・嚥下障害に関していえば、治療や方針に関する明確な指標や診断基準もありません。これらの問題が、患者やご家族、そして関係職種を余計に混乱させている要因になっています。
そこで今回、摂食・嚥下障害を専門にして十数年、現役の言語聴覚士が摂食・嚥下障害をわかりやすくシンプルに解説をします。
摂食・嚥下障害で悩んでいるご本人やご家族はもちろん、介護医療職、さらに臨床とコツを知りたい新人の言語聴覚士や専門職の方々にも読んでいただけるようなシリーズにしたいと考えています。
まずは、摂食・嚥下の正しい知識を身につけることからはじめましょう。 最初は『摂食・嚥下障害の受け止め方』をテーマに解説をします。
【1】摂食・嚥下障害って何?
あなたの大切な人が 摂食・嚥下障害になったときに備えて、まずは問題の本質を見抜ける用意をしておきましょう。
「なぁーんだ、いきなり用語の説明か…めんどくさいな~」
とおっしゃらずに、少しお付き合いください。摂食と嚥下の言葉の使い分けが、実は複雑怪奇に絡まり合う摂食・嚥下障害をシンプルに見渡すための第一歩になるからです。
◆『摂食』と『嚥下』とは?
- 「最近おじいちゃんがムセこむようになった」
- 「脳梗塞の後遺症で食べられなくなった」
- 「食べる量が減ってきた」
- 「スプーンが上手く使えない」
このような食べることに関する障害全般のことを摂食・嚥下障害と呼ぶことになります。
それでは『摂食』と『嚥下』の違いを見ていきましょう。
- 『摂食』とは食べる過程のすべてを意味します。
- 食べ物を口に入れる
- 咀嚼(そしゃく)をする
- 飲み込む
このようにお皿に乗った食物を胃に届けるまでの一連の流れが摂食です。
- 『嚥下』とは“ゴックン”を意味します。
『嚥下』は摂食の流れの一部です。私たち摂食・嚥下を専門にしている職種同士で「嚥下の機能が~」と会話しますが、この場合の嚥下の意味は飲み込み時の咽頭部の動きや反射に関することをさしています。
専門用語って難しいですねぇ…私もご家族や他職種に説明するときには苦心します。
◆【質問】ちなみに『摂食・嚥下障害』と『摂食障害』は違うんですか?
はい、違います。
『摂食障害』とは、日本では精神科領域である拒食・過食症などの精神疾患に使われる言葉なので意味合いが違ってきます。
【例】食物を口に入れる前段階で障害がある場合は問題点をどう言い表すのでしょうか?
- 麻痺があってスプーンが持てない場合などは食事動作の問題
- 認知症などにより異食や偏食が問題なら認知期の問題
さしあたって、私はこのように表現するかもしれません。
【2】摂食・嚥下『障害』とは?
次に障害に対する基本的な考え方をご説明します。
◆『正常』と『障害』について
『正常』と『障害』の境界は明確に区分することはできません。
私たちは、その時々の状況や環境、そして個人の問題(例えば他の疾患や過去の病歴、体力など)、さらに価値観や宗教観などの様々な因子によって常に 『正常』と『障害』 との間を行ったり来たりしているのです。これを連続体と言います。
摂食・嚥下障害の場合も同じです。健康体であっても食事のときにムセることはあります。ラーメン屋に行けば“ゲホッ”とムセながらもラーメンをすすっている人を多く見かけるでしょう。そんな健康体の人がムセるから『摂食・嚥下障害』と診断されることはありません。同様に、高齢になるにつれムセながら食べる方も増えてきますが、こうした方々も診断されることはありません。
人によってムセこんでも 『障害になる人』と『障害にならない人』がいるとご理解いただけたかと思います。
※障害になる人とならない人との違いは今後シリーズ内で説明する予定です
◆摂食・嚥下障害と診断される意味は?
診断がつくことは日常生活に問題が生じている状況を意味します。
摂食・嚥下障害と診断されることは日常生活で食べる過程のどこかで問題を抱えている人のことです。高齢者の多くはムセながらも食べている人がいますが、診断がつくということは普段の生活にも影響が出ているからです。
【例】
例えば、AさんBさんお二人のご高齢の方がいらっしゃいます。
Aさんは健康体、もうお一人のBさんは慢性閉塞性肺疾患(COPD)を元来患っているとします。二人は同じものを食べ同じようにムセ込みました。すると、Bさんはムセこむことで呼吸が苦しいと訴え受診します。するとBさんは摂食・嚥下障害になるのです。
一方、Aさんはムセながらも自宅で食事を続けていました。ある日、熱が出たので受診すると肺炎が見つかりました。誤嚥性肺炎です。こうしてAさんも摂食・嚥下障害と診断されるのです。
つまり、時と状況によってそれが障害になるケース、障害にならないケースとがあるということです。
◆摂食・嚥下障害の『治療』とは?
障害は『完治』を目指すものではありません。
そもそも、完治という言葉自体が障害という世界観にはなじみません。摂食・嚥下障害治療の到達点は『食べ続ける』ことです。摂食・嚥下障害は決して“治す”ものでも“治る”ものでも無く二者択一ではありません。このことを、摂食・嚥下障害で悩んでいるご本人やご家族のみなさん、そして私たち医療従事者も知っておかないと、摂食・嚥下障害のゴールは見えてきません。
まとめ
- 摂食・嚥下障害は食べる過程の全ての障害を意味する
- 日常生活で問題無ければそれは障害にはならない
- 障害である以上、完治を目指すことがゴールではない
今回は、用語の説明や障害の受け止め方などが中心の内容でした。
今後も「摂食・嚥下障害に強い病院選びのコツ」「セラピストの本音とウラ話し」「摂食・嚥下障害と栄養」「食事介助に困った時の解決方法」「子供の摂食・嚥下障害」「終末期の摂食・嚥下障害」などをテーマに、実用的なエピソードを交えながら、摂食・嚥下障害について解説していこうかと考えています。