街にあふれる ”ワールドカップ感”
「外人さんが多いと思ったら、ワールドカップか」
仕事に追われる慌ただしい毎日を送り、こんな言葉を発する同僚のような人もきっといると思うが、街中はなんとなく浮き立ち、わくわく感に包まれている。
久しぶりの感覚だ。
わが街で、ラグビーワールドカップの試合が行われている。
東京のような大きな街では感じられないかもしれないが、地方の街なら十分にその雰囲気は味わえる。なかなか悪くはない。
来年は、東京は五輪感にあふれるのだろう。
ラグビーには全く興味のなかったが、ラグビーファンの友人に声をかけてもらうと二つ返事で観戦すると決めた。いわゆるラグビービギナー、ファンとまでも言えない、“にわか者”だ。
ラグビーワールドカップ1次リーグ アイルランド対ロシア戦。
「3,000円のクソ席だよ」とチケットを手配してくれた友人は言っていたが、ゴール真後ろの少し上段の席。にわか者には十分な席だ。
当日は雨だったが、なんと冷房の効いた屋根付きスタジアムで予想外に快適に観戦することができた。地元にこんなスタジアムがあるとは知らなかった。
スタジアムの2時間も前に入場した私たちは、練習風景を観られるのも楽しみにしていた。
と言っても、選手一人ひとりを認識することもできないが、気分は次第に盛り上がってくる。
なんとなくだが、ルール通りにきちんと練習するアイルランドチーム。
対照的に、これもなんとなくだが、適当にボールをキックするロシアチーム。練習中、何度もゴールを超えてボールが観客席に飛び込んできた。ちょっとラグビーに通じている友人の話によると、試合前にそんな練習をするチームはないそうだ。
なんだか結果が見えてきた。
よく見るとそのような選手の上をドローンが縦横無尽に動き回っている。しかし、さらによく見ると、そのドローンのようなものは細いワイヤーにつながれていた。
これもドローン?
いずれにせよ、このカメラのおかげでコートの中の選手に近い、リアルな映像が、テレビで見れるわけだ。
試合前には、両国の国歌が流れる。
なんと一緒に観戦した友人の一人は、手書きした両国国歌の歌詞を見ながら堂々と歌い上げた。この数日、練習していたそうだ。特にどちらの国に思い入れがあるとか、ラグビー好きではないそうだが、楽しむことに邁進するその精神は尊敬に値する。
青春ドラマでは描かれなかったラグビー精神
ラグビーのルールの一夜漬けで最も驚いたのは、ボールを後ろにパスすること。自分より前にいる人にパスするのは、スローフォワードという反則になる。
トライのために前に進まなければならないスポーツなのに、これは衝撃的だった。その理由は、相手を傷つけないため。
オールフォーワン。ワンフォーオール。
そして、ノーサイド。
これらの精神は、ルールだけでなく、個々の選手にも、そしてサポーターにも浸透している。
テレビなどでも紹介されているが、観客席は他のスポーツのようにチームのサポーターごとに明確に別れることはない。両チームのサポーターがランダムに着席している。スタジアム全体を眺めるとチームカラーのウエアがきれいに混ざり合う。
今回観戦した試合は、残念ながら圧倒的にアイルランドのサポーターの数が多く、気合いも違っていたようで、全体的にアイルランドのチームカラーのグリーンばかりが目立っていたが。
それにしても、10代の頃、あれだけ高校ラグビー部を舞台にした青春ドラマを観たはずなのに、簡単なルールどころか、その精神さえ知らなかった。このラグビー精神は、青春ドラマの題材としては最適と思われるのに。なぜだろうと今ごろ不思議に思う。
このような試合前の私たちの話題は、ラグビーのルールや精神の話から、サッカーとの起源や歴史の違いに移っていった。
ラグビーはイギリスの富裕層の暇つぶしから始まったこと。サッカーが世界中、特に南米やアフリカ諸国の貧しい国々で盛んになったのは、ボール一つでどこでもできるスポーツだったから。
なかなか興味深い。普段は到底話題にのぼらない話を、できるのも、ワールドカップのおかげ。
ワールドカップを楽しめる幸せをかみしめて
試合は当初の予想通り、アイルランドの圧勝。ロシアは1トライもできなかった。ちなみにアイルランドは世界ランキング5位、ロシアは20位。
判官贔屓ではないが、試合中周りの誰もが思わずロシアの惜しいプレイに「あー」とため息をつく。
まさかどのようなことにせよ、わが人生において「ロシア」を応援する時が来るなんて思いもしなかった。
幼い頃から聞かされてきた戦後の不可侵条約の一方的な破棄から、シベリア抑留、現在の北方領土問題まで、いろいろな思いはあるが、平和はいいものだとあらためて思う。
そのような試合展開だからか、両サポーターならびに気分を味わいに来た私たちのような、にわか者の日本人で満席のスタジアムは終始のほほんとした雰囲気だった。
開催当初、飲み物だけでなく食べ物も持ち込み禁止だったが、当日は食べ物は解禁となったことから、試合前に各自持参した弁当で腹ごしらえ。ビールを飲む用意ができた。
スタジアムは、HEINEKENの独占販売。
しかも売り子は背中に、ビール満タンのタンクではなく、350mLの缶ビール30缶を背負っていた。注文に対し、1缶ずつ背中から抜き出し、腰に付けた透明のコップにビールを注ぐ。もちろん泡立たないようにしなければならないから、ゆっくり注がなければならない。当然のことながら、観客の需要に追いつくことはできず、30缶補給したての売り子をスタジアム内の通路で観客が捕まえて、自身で注いで購入していくようになった。これも楽しい思い出となった。
通常のプロ野球の試合でそのような状況なら、とっくに苦情になっているだろう。
帰りは最寄りの店で観戦反省会と称し、飲み直し。
当然のことながら、これも含めて「ワールドカップ観戦」である。
平和であることと、なんだかんだ言って豊かであることに感謝。
選手、スタッフ、関係者の皆さん、楽しい夜をありがとう。
日本はベスト8入り。なんてことも、さっと話せるようになった。
日本チームの試合はもう観られないが、まだまだ続くラグビーワールドカップ。
各チームの善戦を祈ります。