「入院がきっかけで摂食・嚥下障害になるんですか?」
摂食・嚥下障害を引き起こす原因は大きくわけて3つあります。
- 疾患・病気が原因
- 加齢が原因
- 医療行為が原因
今回は『医原性』による摂食・嚥下障害を解説しましょう。
医療行為が摂食・嚥下障害を引き起こすことです。
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◆これまでの記事
1.医原性とは?
医原性疾患(iatrogenic disease)とは,疾病そのものではなく「医療」に起因して患者に発生した「精神・身体上の不具合」の総称である. 合併症,副作用,不可抗力によるものなどが広く含まれ,過失の有無によらない.「診断」や「治療」の過程のみならず,「入院生活」や「病院システム」など,さまざまな場面で発生する.《内科学第十版より》
例1)元気だった高齢者が外出先で転倒。骨折し入院したことで安静状態が続き、その結果足腰が弱くなり歩行が困難になったケース
例2)人工呼吸器のマスクを長期装着することで鼻周囲の褥瘡(じょくそう;床ずれ)が生じたケース
治療上、必要な処置でありながら医療行為により精神・身体の不具合が生じてしまうのは、まさに本末転倒だといえます。そして実は摂食・嚥下障害にも医原性によるものがあります。
2.医原性による摂食・嚥下障害の分類
それでは医原性による摂食・嚥下障害をご紹介しましょう。
1.薬剤の副作用による摂食・嚥下障害
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薬剤の副作用による摂食嚥下障害が引き起こす症状は2つあります。
その1・食欲減退
食欲減退は、眠気や嘔気、消化器官の運動障害などが原因となりますが、薬剤の副作用として症状が出てしまうことがあります。
〇ジギタリス製剤…心不全、喘息、COPDの治療に使われる薬剤です。
〇テオフィスリン…気管支拡張薬です。ドパミン神経の脱抑制を引き起こすので嚥下反射を改善する効果の一方、血中濃度が有効域を超えると食欲低下につながります。
〇メマンチン…アルツハイマー型認知症の治療薬です。副作用として傾眠や活動性低下、めまいがあるので食欲低下することがあります。
〇プレガバリン…神経障害性疼痛に対して使われる薬剤です。高齢者では傾眠や意識消失がみられ、食欲が低下することもあります。
〇睡眠薬(抗不安薬)…ベンゾジアゼピン系睡眠薬には筋弛緩作用があり誤嚥を引き起こし食欲低下にもつながります。
〇コリンエステラーゼ阻害薬…アルツハイマー型認知症の治療薬ですが、副作用の嘔気のために食欲低下をきたすことがあります。
〇非ステロイド性抗炎症薬…胃潰瘍や十二指腸潰瘍の原因となることが知られています。
〇ビスホスホネート製剤…骨粗しょう症の治療薬ですが、副作用の上部消化管不快症状が食欲低下をきたします。
〇鉄剤…鉄欠乏性貧血に対して使用されます。一部の鉄剤には悪心・嘔吐、食欲低下がみられます。
〇その他、抗てんかん薬や経口糖尿病薬も食欲減退が報告されています。
その2・嚥下機能低下
薬剤の作用が直接嚥下機能へ影響を及ぼすことがあります。
〇向精神薬…三環系といわれる抗うつ薬は口腔乾燥や便秘、食欲低下、認知機能低下の副作用があり、アモキサピンはドパミン遮断作用を示すので誤嚥の原因になります。
抗不安薬や睡眠薬も覚醒状態に影響を与え、その結果によっては誤嚥をきたすこともあります。
抗精神薬(メジャートランキライザー)は薬剤性嚥下障害の原因として有名です。ドパミンを遮断することで、錐体外路症状を生じ、嚥下・咳嗽反射を弱めてしまいます。
〇制止薬…嘔吐を抑制する薬剤ですが、嚥下の作用に重要な役割を果たす大脳基底核のドパミンも一部遮断してしまいます。
〇筋弛緩剤…骨格筋の筋弛緩作用を発揮する薬剤ですが、嚥下関連筋も弛緩され誤嚥が生じます。
〇抗てんかん薬…脳の活動を抑制する作用のため誤嚥しやすくなります。
〇鎮咳薬…咳を抑制する働きがあります。誤嚥時の咳も抑制されるので、誤嚥物の喀出が不十分となり誤嚥性肺炎を引き起こす可能性があります。
(野原幹司「薬からの摂食嚥下臨床メソッド」より抜粋)
薬剤による摂食・嚥下障害は多岐にわたります。“おかしいな…”と思ったときは医師や薬剤師にご相談ください。薬そのものを変える、内服時間を変えるだけで回復するケースが多く報告されています。
2.気管切開による摂食・嚥下障害
次に気管切開による嚥下障害をご紹介します。
医療従事者以外の方にとっては、気管切開はあまりなじみがないかと思います。まずは気管切開について説明します。
気管切開とは①長期間の人工呼吸器下での管理が必要な場合②痰が多すぎて管理できない場合③気道がふさがっている場合、このようなケースでは、気管を切開し酸素の通り道を確保します。急性期から在宅、療養施設などの慢性期まで幅広く適用され、医療従事者の間では気管切開している患者・利用者は日常的に遭遇します。
気管切開は、のどを切開するので、当然のことですが嚥下に大きな影響を与えることになります。
〇切開することで飲み込みの圧力が上がらない
〇声門を閉じることができないので気管に入りやすくなる
また、気管を切開したままだと切開したところが塞がってしまうので、通常は切開と同時に気管カニューレ(管)を挿入します。気管に挿入されるカニューレを固定する目的でカフという風船のようなものがあります。これを膨らますことでカニューレを固定し酸素の漏れ出しを防ぎます。このカフによりカニューレが抜け落ちることを防ぎ、また気管壁に密着させることで効率よく肺へ酸素を届けることができるのです。しかし便利なカフ付き気管カニューレですが、カフが嚥下に大きなマイナス作用を及ぼします。
〇カフが食道を圧迫
〇固定されているので喉頭挙上が阻害される
〇咳がしっかり出せない
そのため、気管切開&カニューレが挿入されている方の場合、カフの空気を抜いてから食事をするようになります。また可能であればカニューレ孔を塞ぐかスピーチ状態にしたほうが、自然な嚥下に近づけることができます。
ちなみに余談ですが…カフの空気を抜くのを嫌がる医師が多くいます。医学的リスクがあれば当然のことですが、カフが誤嚥を防止するもと信じ込まれているのが一番大きな理由のようです。そのためカフの空気を脱気するよう医師へ進言はしますが…最終的には医師の指示に従うことになります。
つまり医師の指示内容によっては、脱気できずに経口トライすることになります。そのようなケースでは、適切なカフ圧の範囲内の最低圧まで脱気してから摂食・嚥下リハビリ・経管摂取トライを行います。しかし、カフを充分に脱気できない方が食べ物を口にすること自体がリスク高いと言えますが…。
それでも声を大にして言いたい…カフつきカニューレは嚥下に百害あって一利無しです。そしてカフは誤嚥防止が目的ではありません!むしろ誤嚥を誘発することにつながります。
3.経鼻経管栄養チューブによる摂食・嚥下障害
充分な栄養をとることができない場合、管を通して体内に直接栄養を取り入れます。これが経管栄養です。経管栄養には①消化器官に栄養を入れる(経腸栄養)②静脈に栄養を入れる(経静脈栄養)、という二つの道があります。
そして、鼻孔から胃(食道)まで管を通し栄養を取り入れることを経鼻経管栄養といいます。
この経鼻経管チューブですが、嚥下にとってはマイナスの影響となります。鼻の中に管が入っているので不快感を与えてしまうのは、みなさんもご想像できるでしょう。不快感以外にも、喉頭蓋の反転不足、食物の咽頭貯留物があります。咽頭を通るチューブに食物が付着しやすい、ひっかかる、食物がチューブに跳ね返される、など理由は様々ですが、いずれも経鼻経管チューブが影響していることは明白です。
栄養管理の点からして、経鼻経管栄養は必要不可欠なものですが、こうした嚥下への影響も考慮する必要があります。太く硬いチューブではなく細く柔らかいチューブを使用する、栄養を入れるときだけ口からチューブを挿入する、咽頭で交差留置(鼻孔から挿入したチューブが挿入した鼻孔と反対側へ留置されていること)を防ぐなどの対応で、ある程度は防げるでしょう。
4.治療期間中の絶食による摂食・嚥下障害
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高齢者が低栄養、廃用などにより嚥下関連筋の筋肉量減少・筋力低下が嚥下機能を低下させます。充分な栄養管理をしつつ不要な安静・絶食はせずに、早期離床・早期経口摂取が治療期間中の絶食による摂食・嚥下障害を防ぐ唯一の方法です。
3.まとめ
- 治療上、必要な処置である医療行為が結果として嚥下機能を低下させることがある
- 薬剤・気管切開・経鼻経管チューブ留置・治療に伴う絶食と原因は多岐にわたる
- 医原性の摂食・嚥下障害の場合は適切に対処することで防ぎ回復するケースが多い
次回は、摂食・嚥下障害に関わる専門職をご紹介します。
【文献】
◆野原幹司:薬からの摂食嚥下臨床実戦メソッド,株式会社じほう,2020,pp.64-98
◆大野文ほか: 経鼻経管栄養チューブが嚥下障害患者の嚥下に与える影響,日本摂食嚥下リハビリテーション学会, 2006 年 10 巻 2 号 pp. 125-134
◆森隆志: サルコペニアの摂食嚥下障害, 日本静脈経腸栄養学会, 2016 年 31 巻
4 号 pp. 949-954
◆稲本陽子ほか: 高齢者気管切開患者の摂食・嚥下障害, 日本摂食嚥下リハビリテーション学会, 2006 年 10 巻 3 号 pp. 274-281