私はソリブジン事件(フルオロウラシル系薬剤と併用すると死亡例が出た)が新聞を賑わせている時期に、フルオロウラシル系の新しい薬剤を開発していたので、薬害に関してはあってはならないと思っています。
しかし、薬害が起こった原因には、厚生労働省が薬剤を評価するために要求している試験の内容が不足していこともあります。そのため、薬害があるごとに厚生労働省の新薬承認基準が厳しくなります。
薬害を起こした化合物は死にいたる副作用や回復不能な副作用をおこしたものですが、決して効力が無かったものではありません。その当時でも特効薬であったものや現在の科学水準で判断すると効果が高い可能性があったものもあります。
薬害の定義と歴史
薬害の定義
薬害とは実際には医学用語として定義されたものではなく、マスコミ用語の一つともいえます。
全く副作用のない薬は(多分)効果もありません。従って、副作用が発生してもその重度が低く、すぐに回復するものであれば問題はないと考えられます。
許容される副作用に関しては使われる分野によっても変わります。
例えば抗腫瘍剤が、回復が認められない副作用や死亡につながる副作用を起こす場合は問題になります。ですが、抗腫瘍剤によって治療しなければ死亡にいたる場合は、重大な副作用があったとしても治療をすることを前提に厚生労働省は認可します。その副作用の発生率に関しては軽度なものであれば100%でも許容されます。
第4世代のがん治療薬として脚光を浴びている、がん細胞が生体免疫細胞を無効化する仕組みを抑える免疫チェックポイント阻害剤も副作用は存在します1)。多数の人に使用した場合にはⅠ型糖尿病のような作用機序に基づく副作用が既に報告されています。間質性肺炎に関しても報告があり、死の転帰をたどった人もいます。
しかし、免疫チェックポイント阻害剤は危険な薬剤であるとマスコミは報道することはありません。また、副作用によって死亡した患者さんが免疫チェックポイント阻害剤の製造会社を訴えることもありません。
ワクチンのように健康人に接種することから死亡や回復することがない(不可逆的とよびます)副作用(ワクチンの場合は副反応とよびます)が起こった場合にはマスコミは大々的に取り上げます。
しかし、ワクチンと不可逆的な副反応が因果関係があることを証明することは科学的には難しいことです。(因果関係がないことを証明することは悪魔の証明とよばれるように科学的には不可能です)
因果関係がはっきりとするのはワクチンを接種した場合にその副反応が必ず起こる場合です。
これは最初から薬にはなりません。
もう一つの因果関係の証明は、そのひとが副反応から回復して、もう一度ワクチンをうって副反応がでるかどうかを検証することです。不可逆的な副反応の場合には検証をすることはできません。
子宮頸がんワクチンの動物実験で因果関係があるとの文献が出たことによって子宮頸がんワクチンを接種することは一時中止されました。この実験に虚偽があったことから現在は子宮頸がんワクチンの接種は再開されています。
副反応の出たときの記事量とその根拠が虚偽であり、ワクチンの無料接種が再開されたことの記事量では後者が少なく、ワクチンは怖いものであるとのイメージだけが残っています。
コロナワクチンの接種にも影響を与える可能性があります。また虚偽の文献をだした研究者は10年後に子宮頸がんを発病した患者から民事訴訟を起こされ、多大な賠償金を払う可能性はあります。しかし、現在の法制度では多分、時効でその訴えは却下されます。
少し話がそれました。
この記事では薬害とはその薬を適正に使ったにもかかわらず、死亡や不可逆的な副作用がおこった場合を指します。適正に使ったというのは厚生労働省が許可した効能と用法用量を守った場合ということです。科学的水準の進歩により適正なしようという事実は変化していきます。そのため、薬害の歴史は厚生労働省の許可条件が厳しくなっていった歴史でもあります。
薬害の歴史
この記事の薬害の定義にあったものを歴史を下にまとめました(薬物、適応症、主な副作用、認可条件の変化、年代 )。
- サリドマイド、 睡眠薬・つわり治療薬、胎児障害、生殖毒性試験の義務化、1958年
- キノホルム、整腸剤、スモン病、国家賠償、1953年
- 血液製剤、HIV感染、国家賠償、1988年
- ソリブジン抗ウイルス剤 、フルオロウラシル系薬剤併用による死亡事故 、治験中の重篤な副作用の報告・市販後の重篤な副作用の報告、1993年
- フィブリノゲン 、HCV感染、 国家賠償、1998年
少ないと思われるかもしれませんが、非常にまれな副作用が起こることが判明した場合を除いています。また医療機器ものぞいています。(未熟児保育器の酸素不足による未熟児網膜症)
イリノテカンやゲフィチニブに関しても薬害とは考えていないので、載せていません。注)
このなかで一番悪質なのはソリブジン 3)です。
ソリブジンは、フルオロウラシルという抗がん剤の分解を阻害することでがんに対する効果を増強します。
ですがこの抗がん剤フルオロウラシルは、骨髄では骨髄細胞の破壊に働き、死にいたる可能性を持った白血球減少(血液毒性)の可能性が高まります。従って、血液毒性が出ない用量でフルオロウラシル系薬剤を使っているときにソリブジンを使うと血液毒性が出てしまいます。血液毒性は自覚症状はなく、感染しやすくなるため、体内常在菌が暴れだし、発熱から死亡にいたります。
ソブリジンより少し前に発売されたUFTというフルオロウラシルとウラシルを配合した薬剤が日本では大きな市場を占めるようになっていました。フルオロウラシル系薬剤が経口で使用可能になったのはUFTの前の薬でフトラフールという薬剤が販売されていました。しかしこれは、活性物質であるフルオロウラシルがすぐに体内の分解酵素で無毒化されてしまうので、効果が非常に弱いものでした。UFTはウラシルというフルオロウラシルの分解酵素の阻害剤を配合することによって効果が上がったのです。
ソリブジンは非常に強力なフルオロウラシル分解酵素の阻害剤として知られていました。なので、ソリブジンとフルオロウラシル系薬剤と併用するとフルオロウラシル系薬剤の効果を上げることは発売する前から周知の事実でした。ですが効果が強すぎて、血液毒性の副作用も非常に大きくなます。
当然のことながらフルオロウラシル系薬剤との併用は避けることと添付文書に記載されていました。ですが、これが目立つものではありませんでした。ソリブジンが市場に出回ると帯状疱疹によく効く薬として大きな売り上げを上げましたが、その後死亡例の報告が相次ぎました。
そこでソリブジンの販売会社はフルオロウラシル系薬剤との併用に関して強く禁止を打ち出せば良かったのですが、会社の役員がソリブジンの売り上げが良かったことをうけて上昇していた自社の株を高値で売り抜けていたことが判明し、死亡の問題とインサイダー取引の問題でソリブジンは消えることになりました。
現在、帯状疱疹の薬剤では抗ウイルス剤が用いられていますが、ソリブジンほど切れ味はないとの専門家の意見もあります。フルオロウラシル系薬剤さえ併用しなければ今では第1選択薬になっていた可能性もありました。帯状疱疹に苦しむ人には残念ですがソリブジンは、現在手に入りません。
現在に特効薬としてよみがえったサリドマイド
サリドマイド 4)は生殖毒性試験を厚生労働省が義務化していなかったことから、生殖毒性があるにもかかわらずつわり治療薬として、また妊婦に使用可能な睡眠薬として世の中にでて、奇形児を産むことになってしまいました。
現在では生殖毒性試験が義務づけられています。しかし、必要性が高い場合には妊婦や妊娠する可能性のあるひとに飲ませないことを条件に許可を受けている薬剤もあります。
鳥インフルエンザの変異型がでたときの備えとして承認されたファビピラビル 5)(商品名アビガン)です。コロナウイルスに対して効果があることから現在適応追加の申請中ですが、なかなか承認されません(2020年11月30日にこの記事は作成しています)。生殖毒性が問題になっている可能性があります。また発売して汎用されるとインフルエンザウイルスが耐性を持つ可能性もあるので、これも問題になっているのかもしれません。
話がそれました。
サリドマイドはその後、TNF-αの産生抑制作用や血管新生抑制を作用機序とする抗腫瘍剤として使える作用を持つことが分かってきました。がんが増殖するための標的をピンポイントで抑える薬はごく少数の例外を除いて、抗体医薬が用いられています。サリドマイドは小分子で、多くのがんで検討した結果治療抵抗性の多発性骨髄腫に効果がある事が判明しました。申請の際にはサリドマイド薬害の記憶が残っていたときですが、「厳密」な監視のもと使用するという条件で承認を受けています。
ゲフィチニブはなぜ薬害といわれないのか 6)
定義がことなる場合には内服抗がん剤ゲフィチニブは薬害を起こしたといわれる場合が有ります。間質性肺炎によって死亡例が多数出たからです。しかし、その後の検証によって適用以外の使用が多数の間質性肺炎を引き起こし、発見が遅れて死亡した例がたくさんいることが分かりました。
ゲフィチニブは海外の会社が作り出した薬剤ですが、日本で最初に承認されました。そのためマスコミは夢の制がん剤が開発されたとの記事を大々的に載せました。厚生労働省が許可したのは小細胞癌だけであったのに、マスコミの話を信じた他のがんの患者から使ってくださいという希望がたくさん出ました。適応症に関しては(保険償還の問題はありますが)、主治医の判断で使用しても医師は責任を問われません。
まして今回は患者の希望も入っていたからです。間質性肺炎による死亡例がでるとマスコミの風向きは一気に変わりました。そのため、厚生労働省はゲフィチニブを投与され、間質性肺炎を発症した症例を生死にかかわらず精力的に収集しました。その結果、適用外使用が明らかになりました。
小細胞肺がんでは治療効果を見るため、頻回に胸部X線を取ります。そのため間質性肺炎の発見は比較的早期に発見でき重篤化しないうちに薬剤の停止が行われます。しかし、子宮頸がんなどでは胸部X線検査を行う頻度は低く、自覚症状が出てきてから検査を行っていたために手遅れになる症例が増え、死亡例が増えていることが分かりました。この報告書はほとんどマスコミでは記事にされることはありませんでした。
私はゲフィチニブはマスコミが引き起こした事件だと思っています。このときの反省からか、保険財政に負担が大きいからか、免疫ポイント阻害剤が世に出たときにはあまり大げさな記事は載せてはいませんが、細かく見ると副作用がない、1度効かなくなってももう一度治療できる(耐性ができない)などと、発売前であったとしても明らかな虚偽である説明しています。
最後に治験について
薬害についてはその時の科学水準ではあらかじめ分からなかったものもあります。
しかし、ソリブジンのように明らかに犯人がいて薬害となる場合もあります。また、薬に問題は無くて、データが集まっていないのに適応外の使用しと場合もあります。これは患者をたきつけたマスコミが犯人と思いますが、その責任が追及されたことはありません。
マスコミには「大学教授、製薬会社、厚生労働省」が金でつながっているというドグマを平気で口にします。最近では論文においてさえ、利益相反(’講演会を行ってお金をもらったとか、製薬会社との関係)は明確に記載する規定があります。最終的に承認を決める薬事審議会では利益相反関係にある会員は裁決に出席できません。
日本人の場合安全性は副作用がないことを指していると思っている人がたくさんいます。
薬効がある限りはその薬効に伴う副作用は当然考えられます。安全性が認められるというのは、何万人に一人というような副作用がないということではありません。
現在COVID-19(コロナ)ワクチンの臨床試験の結果が報告されつつあります。最初に申請したファイザーとビオンティックは4万人規模の第Ⅲ相試験(プラセボとワクチンを比較する試験)では少なくとも2万例にワクチンが接種されています 7)。ワクチンの副反応は、注射部位の痛みや皮膚病変などの可逆的なものでした。このデータで緊急承認されても条件がつきます。
理由は2万例で、1例も重篤で不可逆な副反応が出ていないので、実際の危篤な副作用がどの程度の確率で起こるのか不明だからです。承認データでは2万例に1例以下の確率で起こる可能性があるということです。
これはこれでいいのですが、ワクチンで不可逆な副反応が起こらないということを証明することはできません。
今後は効果の持続時間と重篤な副反応の状況を逐次当局に報告する条件で承認されると思いますが、EUでは多分1年ごとに承認の見直しが行われると思います。
アメリカでの進行を見て、たくさんの症例が溜まったら判断しようと思うという人もいるかもしれません。これは、治験に参加する人はボランティアとよばれていることを知らない人です。ボランティア精神が治験を支えています。緊急承認の場合には初期の患者はボランディアです。
医療用医薬品で海外直輸入のものではそのようなものはたくさんあります。市販後は有料になってしまいますが、市販直後にボランティアを行わなければ、C型慢性肝炎の抗ウイルス剤によるC型慢性肝炎の撲滅や子宮頸がんが女性の平均年齢を延ばす効果は日本では得られないでしょう。
子宮頸がんワクチンは再開しています。無料で接種できる人は摂取をお勧めします。
1)患者向医薬品ガイド 2020年11月更新 オプジーボ点滴静注 20mg、100mg、240mg
2)池田 修一 子宮頸がんワクチン接種後の副反応:わが国の現状 昭和学士会雑誌, 2018, 78 巻, 4 号, p. 303-314
3)行政担当者から見たソリブジン事件 2019.01.01
4)多発性骨髄腫治療薬 サリドマイド <スズケンDIアワー> 平成21年5月7日放送
5)アビガン錠 審議結果報告書 平成26年4月
7)OUR PROGRESS IN DEVELOPING A POTENTIAL COVID-19 VACCINE Pfizer Press Release
注:イリノテカンは発売当初下痢の副作用のために死亡例が多発しました。そのため、厚生労働省は特定の施設でのみイリノテカンを使用可能としました。しかし、イリノテカンは外国での注目が大きく、肺がんや消化器癌の第一選択薬(併用)に家ならず入るほど多用されました。これは、副作用に対する処置が日本では遅れており、致死的になっただけで、ヨーロッパやアメリカではその副作用を抑えながら他の薬剤と併用することにより今までの第1選択薬と比較し、生存期間の延長を示しました。これは薬害とはとても言えないと思っています。