「歳をとると摂食・嚥下機能にどう影響しますか?」
摂食・嚥下障害を引き起こす原因は大きくわけて3つあります。
- 疾患・病気が原因
- 加齢が原因
- 医療行為が原因
前回に引き続き、今回は2つめの『加齢が原因』による摂食・嚥下障害を解説しましょう。
高齢者特有の摂食・嚥下障害のことです。
写真AC
◆これまでの記事
◆摂食・嚥下機能の老化とは?
人は誰もが平等に年齢を重ねていきます。やがて加齢に伴い身体機能は衰えが生じます。こうした退行的な変化≒現象を老化とよびます。老化の定義は難しく定かではありませんが、加齢を広義の老化とすることもあるようです。
さて、この老化に伴う嚥下機能の変化を老嚥(Presbyphagia)と呼びます。老嚥は老化現象の特徴ともいえます。老嚥は、嚥下関連筋群の低下や感覚(味覚嗅覚)の変化、口腔の乾燥や嚥下に関する反射の低下なと様々な問題を生じさせます。
高齢者にみられる老嚥の代表的な原因として4つ挙げられます。
老嚥の代表的原因
- 身体機能の低下(サルコペニア)
- 食欲低下
- 口腔と咽頭の変化
- 姿勢の影響
これらは密接に関係しあっています。
4つの原因のうち、特に重要な要素であるサルコペニアを中心に説明していきましょう。
1・サルコペニア
サルコペニアを簡単に説明すると、加齢によって筋肉の量や力が減ったことで身体に影響のある状態のことです。加齢によって、同化促進ホルモンの血中濃度は低下、炎症症状を引き起こす炎症性サイトカインは増加。骨格筋の筋繊維は萎縮し骨格筋再生に必要な筋芽細胞への分化は抑制されます。
2010年にEuropean Working Group on Sarcopenia in Older People(EWGSOP)より「サルコペニアは進行性、全身性に認める筋肉量減少と筋力減少であり、身体機能障害、QOL低下、死のリスクを伴う」と定義されました。
このサルコペニアが高齢者の摂食・嚥下機能低下はもちろん全身の機能低下につながることが知られており、最近の健康番組でも特集が組まれるほど注目されています。
サルコペニアは高齢化社会を生きる私たちには避けて通れない加齢に伴う身体変化なのです。
1-1・サルコペニアの診断基準
EWGSOP の診断基準があります。
しかし、これだけではわかりにくいので下方浩文らが提唱する定義もあわせてまとめてみました。
①BMI18.5未満もしくは下腿周囲長30㎝未満
⇒やせてきた
②握力は男性25~30㎏未満、女性は20㎏未満
⇒力が入らなくなった
③身体機能は普通速度1m/秒
⇒歩くのが遅くなった
横断歩道を渡るのに時間がかかる(信号のある横断歩道は約1m/秒で渡れるよう設定されています)
いかがですか?
この3つが思い当る方…サルコペニア要注意!ということです。
1-2・サルコペニアと嚥下関連筋
サルコペニアは筋肉の量と質の低下を招きます。嚥下関連筋ももちろん大きな影響を受けることになります。舌の筋肉や喉の筋肉の量は減り、咽頭の空間は広がります。筋肉の力も低下するので、以前のような食べ物を送り込むだけのパワーは得られません。
その結果、食べたものが喉にひっかかり気管に入り込み誤嚥…という結果に至ります。また食べる時の姿勢や誤嚥した時の吐き出す咳など、食事に関わる能力を著しく低下させます。
1-3・サルコペニアの対応
サルコペニアに対しては、栄養補給と運動をおこなうのが一番です。
ただし、やみくもに栄養をとって運動すれば良い!というものではありません。計画性が必要です。筋肉に負荷をかけるレジスタンストレーニングとトレーニング直後のBCAA(分岐鎖アミノ酸 ) が効果的とされています。
また、サルコペニアには加齢による原発性の他に疾患や低栄養が原因のケースもあります。原因によってはトレーニングが逆効果となるケースもあるようなので、リハビリテーション栄養に詳しい理学療法士などのトレーナーの指示に従いましょう。
充分な栄養管理と計画的なトレーニングがなされると、身体機能と同様に摂食・嚥下機能の向上も期待できます。
サルコペニアに関しては重要なところなので、機会を改めて解説しましょう。
2・食欲低下
写真AC
加齢と共に味覚・臭覚機能の低下が存在しします。食欲に係わる内分泌物質の変動があり、空腹感をあまり感じなくなったり逆にすぐに満腹感を感じたりします。これらが食欲に影響を与え、食欲低下へとつながってしまいます。
高齢者によく処方される薬剤の影響も食欲低下をきたすものがあります(詳細は次回の『医療行為が原因の摂食・嚥下障害』で解説)。
3・口腔と咽頭の変化
加齢に伴い口腔内の感覚能・運動能の低下が見られます。歯は欠損し歯槽骨の吸収も高齢者ではみられ下顎が細くなります。口腔内の乾燥、プラークコントロールが不十分となり歯周疾患に至ります。
長期臥床では、顎関節の前方運動を抑制し常に開口状態となります。舌根沈下(舌が咽頭に落ち込む)、口唇が口腔内に引き寄せられ口を閉じるのが難しくなる…。このように口腔は加齢の影響を大きく受けやすい身体部位の一つと言えます。
また高齢にともない喉の位置が下がってしまうのも特徴です。喉を上から吊るされている構造ですが、この上から引っ張っている筋肉が弱くなるのです。高齢の男性で声が高くなる方がおられますが、喉の位置が下がったことによる影響です。
喉の位置が下がることで、ゴックンの瞬間の喉の引き上げが充分に機能しきれず誤嚥しやすくなるのです。
4・姿勢の影響
間接的な影響として姿勢不良や耐久性の問題があります。特に体幹の柔らかさや筋力は飲み込みには重要です。
高齢者によく見られる円背(えんぱい;背中が曲がっている)では、体幹が曲がった状態で固まっています。そうなると顎が上がった状態となります。咽頭は広がり隙間が生じます。“ゴックン”のときにみられる喉の挙上も制限されます。
みなさん、試しに上を向いてお茶を飲み込んでください…うまく飲み込めず誤嚥してムセ込むでしょ?
高齢者に多くみられる背中が曲がった状態でお茶を飲むということは、私たちでいうところの上を向いてお茶を飲むのと同じことを意味します。
また姿勢が悪いと、ムセ込んだときの吐き出し効果も乏しく期待できません。しっかり吐き出せないので呼吸も苦しくなるでしょう。
このように、高齢者の姿勢不良は飲み込みに大きな悪影響を及ぼします。
5・まとめ
- 老化による機能低下の最大要因はサルコペニアである
- サルコペニアは嚥下関連筋はもちろん身体機能も低下させる
- 高齢者特有の摂食・嚥下障害として、それ以外にも食欲低下や口腔と咽頭の変化、姿勢も影響する
次回は、『医療行為が原因』による摂食・嚥下障害について解説します。
【文献】
◆若林秀隆:リハビリテーション栄養とサルコペニア,外科と代謝栄養,2016年50巻1号p.43-49.
◆舘村卓:咀嚼嚥下のための姿勢と嚥下訓練,誤嚥性肺炎の治療と再発防止のコツ,メディカルリハビリテーション,全日本病院出版会:p31-38.2013年.