今回でインドネシアでの乗り鉄体験記なるものは3回目になりますがひとまず今回で最終回にします。 前編では乗り方の解説とJatinegara駅で乗り継ぎをしくじった話、続く中編ではジャカルタのターミナル駅のひとつであるManggarai(マンガライ)駅からボゴールへ目指した話をさせていただきました。 これまではいずれも乗り鉄が中心でしたが今回はインドネシア最大のモスクであるMasjid Istiqlalを見学した帰りに最寄り駅であるJuandaからManggaraiまで利用して撮り鉄に精進したお話になります(笑)。 ところで冒頭の写真で背景に実はその例のモスクが映りこんでいるのですがお気付きでしょうか? 懐かしの6ドア車 これまでジャカルタで乗った元JR東日本205系は元武蔵野線(千ケヨ車)がメインでしたが今回は別の路線で見覚えのある205系に遭遇しました。なお、今では6ドア車のついているものは殆ど残っていないのですが使われている路線ももとから限定されていました。 比較的最近になって姿を消したものとして横浜線と埼京線で活躍していた205系に一部6ドア車のついている編成がありましたね(ジャカルタで活躍中ですが)。ところで東京都内ではよく使うあの路線由来のものもここで走っているのはご存知でしょうか? そう、山手線です。山手線でも一昔前であれば205系が数多く走っていた路線で、その中に6ドア車の入っている編成も少なくありませんでした。そのため、ジャカルタで乗っていると時々「東ヤテ」と書かれたものを目にしますがそれこそまさに在りし日の山手線で活躍していた205系電車なのです。 インドネシアらしい撮り鉄もしたい インドネシアではジャカルタを走るKereta Commuter(通勤列車)と主に長距離輸送を中心に担うKereta Apiがあり、ジャカルタエリアでは線路を共有しています。 そのため、機関車が特徴的なkereta Apiと日本の通勤車両が共演するというシーンもよく見られます。ちなみに長距離については客車列車で、これはインドネシアの国産だそうです。それにしてもこの機関車がくるとずっしりと重いジョイント音が特徴的なので癖になってしまいます(笑)。 インドネシアらしいといえば何気なさそうに見えるこの構図も該当するでしょう。 理由は単純で、千代田線の車両が元JR東日本(武蔵野線、埼京線、山手線)205…
以前にマレーシアの航空会社の搭乗体験について記事にしたことがありましたが、今回はそのマレーシアに実際に行ってみることにしました!(なお、マレーシア航空について気になるという方はこちら(成田→クアラルンプール)とこちら(クアラルンプール→ジャカルタ)を併せてごらんください) 本題に戻りますがまず最初に訪れたのは首都のクアラルンプールで、そこにはかつて中央駅として機能していたとても美しい駅がありました。最初見たときはてっきりモスクではないかと思ってしまったその駅とはいったい何者なのでしょう? ムーア様式を取り入れた白亜のクアラルンプール駅 クアラルンプール駅が中央駅でなくなってしまった理由については後ほど解説することとして、まずはこの駅の見所について紹介していきます。まずは何と言ってもモスクと錯覚してしまうような美しい外観でしょう。 クアラルンプール駅自体は1910年にイギリス統治下に開業した駅ではありますが設計を担当したA.B.ヒューバックは駅に本来ならモスクにあるミナレットやドーム状構造を積極的に取り入れていき、最終的に多くのモスクで採用されてきたムーア様式を取り入れてこのような姿になりました。 これはインドのタージマハルの影響も受けていると言われており、実際にクアラルンプール駅以外でも北部のイポー駅もまたタージマハルのような外観から人気を集めています。 当時は現在のクアラルンプール駅周辺に中心街(今ではオールドタウンと呼ばれている)が形成されており、今ムルデカ(独立)広場となっている旧総督府もほど近いところにあります。今は中心部がうつったので利用者もまばらになっていますが駅舎の美しさから観光名所のひとつになっています。 中央駅になれなかった事情 実際のところ2001年までは中央駅として機能していましたが同年4月にクアラルンプール・セントラル駅(以後KLセントラルとする)が開業するとその役目を終えることになりました。日本で例えるなら鹿児島駅と鹿児島中央駅(旧西鹿児島駅)の関係が近いかも知れませんね。 クアラルンプール駅は3面4線の構造で、中央駅にしては線路が少ない印象です。市内交通については川の反対側のPasar seni(パサールスニ)まで連絡橋はつながっていますがあまり便利とは言いにくいでしょう。その状態で路線網を拡大しようとするとこれはさすがに難しいです。 …
突然ですが皆さん、深夜特急という本は読まれたことがありますか?巷の旅好きの間では有名な本で、そのシリーズの中に今回乗り鉄するマレー鉄道も漏れなく入ってるとのことなのですが筆者はまだ読んだことも手にしたこともありません(笑)。 それはさておき、今回はそんな深夜特急にも登場するマレー鉄道(KTM)に乗ってクアラルンプールからマレーシア第2の都市にしてシンガポールに向かい合うジョホールバルまで南下します。今回はその途中のグマス(Gemas)駅で乗り継ぐまでの話です。(切符ですが窓口で買いました!) マレー鉄道の主力電車特急ETS 上の写真が今回クアラルンプール(KLセントラル駅)から途中グマス駅まで乗ったマレー鉄道のETSと呼ばれる特急電車です。ETSとはElectric Train Serviceの略称で、厳密にはAntarabandar(都市間特急、インターシティ)の1種です。 このETSはマレー半島の電化部分を走っており、主な区間はバターワース(Butterworth)~イポー(Ipoh)~クアラルンプール~グマスです。それ以外の区間は依然として電化されていないままなのでまだ走ることができません。今回の最終目的地であるジョホールバルも実はそんな非電化区間に入っているので乗り入れることができないのです。 いやぁしかしかっこいい車体ですね(笑)。 車内 車内はどうなっているだろうということですが座席の座り心地はなかなか良かったです。 クッションがほどよく柔らかく、成田エクスプレスなどのように汎発性が強いのではなく、旧国鉄特急のような深みを感じるような座り心地ですね。(果たして伝わっているか分からないですが在りし日の特急雷鳥や北越などに乗られた方なら分かると思います) シートテーブルとシートポケットも無論ついていますがなかなか賑やかですね(笑)。 黄色と赤の眩しい広告付きシートと、旅情が半減しても仕方がないような感じの見栄えで落ち着かないですね(笑)。 ちなみに固定クロスシートです。 写真にはとっていませんが実は車両両端にテレビ画面が付いており、常に何かしら映画が流れています。筆者が乗ったときはマカオのコメディーアクション映画で、車内で必死に笑いをこらえていましたが結局終わるころには腹筋が痛くてつらかったです(笑)。 <重要>車内は寒い(笑)マジで 常夏のマレーシアに来たからと言って上着を持っていか…
※3月19日情報更新 昨年末中国武漢市内に端を発した新型コロナウィルス(COVID-19)、瞬く間に国外へと伝播し、現在では日本含め、世界の多くの地域がその猛威に振るわれています。この新型コロナウィルスの及ぼしている影響は多岐に渡っていますがその中でも最もインパクトが大きいもののひとつに移動の制限が挙げられのではないでしょうか。 新型コロナウィルスの流行によって当初は中国の一部のみが入国規制対象になっていましたが世界的に罹患者が増えている中で日本とて入国規制対象としている国も増えています。この機に入国規制でそもそもいけなくなっている国、条件付きで入国できる国、情報源となるページなどを整理することにしましょう。 なお、今回紹介する情報については外務省のページ(ここをクリック!)を参考に作成しています。(なお、これは執筆時点の3月19日の情報を基にしているので実際にはさらに増えている可能性があります) 日本からの入国が原則禁止となっている国・地域 以下に示す国は日本からの入国、日本滞在歴を持つ者の入国が原則禁止になっています。(ビザの効力停止措置、外国人一律入国禁止措置なども含む) EU全域 アゼルバイジャン アルゼンチン アンティグア・バーブーダ イラク インド エルサルバドル オマーン ガーナ 韓国 キルギス クウェート クック諸島 グアテマラ 英領ジブラルタル シリア スリランカ スロバキア(現住所がスロバキアの場合は例外) 中華人民共和国 デンマーク(国境封鎖) トリニダードトバゴ(ただし日本出国14日以内に限る) トルクメニスタン ニウエ ネパール バーレーン(ただし有効な滞在許可を持っている場合は例外) バヌアツ フィリピン(2020年3月12日に入国制限を発動、3月14日よりマニラ封鎖) マーシャル マレーシア(ただし対象は北海道のみ国境封鎖及び入国全面禁止へ) モルドバ モンゴル レバノン リビア 執筆時点(2020年3月14日現在)では以上の国が原則として日本からの入国禁止措置をとっています。上記には載っていませんがイスラエルについてはイスラエル保健省の定める自宅待機の証明ができないと入国できません。 今後さらに入国禁止措置を発動する国が増える可能性があるので最新情報は外務省のページ(ここをク…
愛知県の県庁所在地である名古屋市以外にも肥後名護屋などのように「ナゴヤ」と読む地名は日本国内に他にもあります。しかし、これが海外にもあるとなるとどうでしょう?耳を疑う話ではありますが実はありました。 上の写真はCOVID-19の感染が本格化する前にインドネシア領バタム島で撮影した道路標識ですがなにか見覚えのあるものがないでしょうか?「Nagoya」です!目を疑いましたが実際にこれを撮影したときには既に「ナゴヤ」市内にいました。 今は旅ができないご時世ですがオンライン飲み会などのうんちく話でこの「ナゴヤ」の話をネタに使ってみてはいかがでしょう、ということは置いておいてせっかくですのでインドネシア領ナゴヤについて知ってもらうこととしましょう。 シンガポールやマレー半島とは目と鼻の先 ナゴヤを擁するインドネシア領リアウ諸島バタム島はシンガポール海峡を挟んでシンガポール及びマレー半島南岸(ジョホールバルなど)との対岸に位置しています。それは船舶でわずか1~2時間なので目と鼻の先です。(故にインドネシア国内では類を見ない民族事情がありますがそれは後ほど詳しく説明します) しかし目と鼻の先とは言っても往復3000円以上は余裕でかかるのでバタム島からジャカルタまで飛行機に乗った方がまだ安いことも珍しくないです。 上の地図はバタム島内でナゴヤをズームアップしたものになります。ナゴヤはバタム島の西側に位置しており、今のところ島内最大都市です。しかし、島内東側のバタムセンターの都市発展が著しく、シンガポールやジョホールバルからの船舶の運行本数でいえばバタムセンターの方が多くなっています。 ちょっとユニークな民族事情 インドネシアもマレーシアやシンガポールなどと同様に東南アジア有数の多民族国家なだけあって島が違えば民族事情も違うというお国柄があります。中でもバタム島については位置関係故にちょっとユニークです。 バタム島を含むリアウ諸島は主にマレー系(シンガポール訛りのマレー語を話す)、中華系、インド系の住民が多い構成で、これはマレーシアやシンガポールと殆ど変わりません。強いて言えばそこにさらにジャワ島方面などから来たインドネシア系が多く加わっているところでしょうが、これは独立以後のトランスミグラシ政策(都市部に集中した人口を他島に分散させる)に由来するものが大きいでしょう。 それにしても本来なら旧…
COVID-19が収束したらまた訪れたい小島があります。その小島というのは北欧デンマークにある島で、人口は50人にも満たないSkarø島です。 筆者が何故そんな島に惚れたのか、今回は過去の旅の記憶をたどりながら振り返っていきます。当時は2018年の年明けと、冬の真っただ中でした。 Skarø島はどこ? Skarø島(スカロー島)は首都コペンハーゲンから電車で1時間ほど西へ移動したところにある、デンマークで3番目に大きい島であるフューン(Fyn)島からほど近いところにある離島です。島の面積はたったの1.97平方㎞と、2時間もあれば島を一周できそうなほどの小ささです。このSkarø島は人口50人未満の島でもあり、住民はたったの20人ほどです。 この島の最寄りの都市はSvendborg(スヴェンボー)で、そこからSkarø島へフェリーが運行されています。アクセスについては最後の方で改めて解説します。 Skarø島に来てー長閑な日常と自然 よくぞ初めてデンマークにやってきていきなりコペンハーゲンを飛ばして超穴場な島にたどり着いたものだと今でもよく思います。 訪れた当時は冬の真っただ中だったので本来なら観光客がそもそもあまり来ないシーズンです。そんな時期にも関わらず訪れることができたきっかけはその島でインターンをしていた大学の先輩がいたおかげでした。 おかげさまでしばらくの間はその島で過ごすことにしました(オフシーズンなこともあってインターン生やワーカー用の宿舎で泊まらせていただきました)。なお、この島では毎年一定数の日本人がインターンなどで滞在しているそうですよ。 本題に戻りまして、筆者が訪れたのがオフシーズン真っただ中とは言え、いざSkarø島に到着してみれば心を奪われっぱなしでした。 牧歌的な風景 いくら島が小さいとは言え、人口が少ないだけのことはあって広々としているように感じられます。島内を歩き回ればそこには牧歌的な風景が広がっています。平原の真ん中に家がポツリという構図も映えますね。 この島にいると通信が圏外になるのでグーグルマップを開かずに思い思いの方向へ向かってぶらぶら歩いていました。やがて海が見えたところでさらに一枚です。茶色と緑の混ざった風景は冬ならではです。それにしてもこの島は地形が全体的になだらかなんですね。 海辺まで出てみるとそこには小舟がありました。漁船かどうかは分かりません…