都市伝説の“M資金”を巡って世界を駆け巡るサスペンス、福井晴敏著「人類資金」をご存知でしょうか。
2013年、「どついたるねん」「亡国のイージス」の阪本順治監督、佐藤浩市主演で映画化され、映画と並行して文庫書き下ろし原作が発行されるという、特異な企画でした。しかし、映画としては話をまとめきれなかったようで、私自身の評価では内容的にも、実際の数値として興行的にも残念な結果になってしまいましたが。
―「人類資金」のあらすじ -
戦後、日本の戦後復興に使われるはずだった、または実際に使われたとされる莫大な資産があった。その資金の名は今や都市伝説とされる“M資金”。M資金を巡り、謎の人物Mとある中年詐欺師を中心に、世界の富と権力を握る層と世界の最貧困層との間にある違和感と矛盾を、マネーゲームと激しいアクションで壮大に紐解いていく。
文庫本は全7巻におよび、最後の7巻には「0巻」という執筆用プロットと著者からのメッセージが掲載された巻が付いています。あまりにも濃厚な本巻を読み終え、良くも悪くも熱くなった熱を冷ますには最適な「0巻」です。
最貧国を救う方法とは?
ネタバレしなければ、この話は進められないので、結論を書きますが、登場人物の一人に、国籍不明ながら頭脳明晰、飛び抜けた身体能力を持つ若者・石優樹(いしゆうき・映画では森山未來が演じた)がいます。
この物語は、私たちのが生きる現実の世界を経済的にコントロールするほんの一握りの者たちから解き放とうと挑むと同時に、石が世界の最貧国といわれる出身国の救済のために命を賭けて戦う物語でもあります。
その救済の方法とは何なのか。現実的にも有りうる最貧国を救う方法についてアレコレと考えを巡らせ、期待に胸を膨らませながら、先へ先へと読み進めることができます。
そして、最後の7巻で現れた救済の方法とは、なんと最貧困のその国に高速通信網を張り巡らせ、全国民にタブレットを持たせること。
「なんじゃそれ!」
小説を読んだ人は誰もが心の中でそう叫んぶのではないでしょうか。命を賭して目指したことは、そんなことなのかと。そして、何よりもタブレット一つで何が変わるのだと。
現実に起こっていること
読み終えて時間が経っても常に頭の中にあった思い。「タブレット一つで何ができる」。
ところが、ある日、こんなニュースをネットで偶然に見つけます。
「タブレットがザンビアの教育を変える」
ザンビアは、国民の13%しか電気を使えていない、石優樹の出身国のモデルとなったような国。内戦など治安の不安定な国が多いアフリカの中では、陽気で楽観的な国民性が功を奏しているのか危険度の低い平和な国です。近年、中国の経済的な進出に対峙か依存かなどの課題を抱えながらも経済的な伸長はみられますが、基本的なインフラや教育、医療面から見れば、最貧国の枠にあるといえるでしょう。タブレットを児童に配布することで、教育に大きな変革をもたらすだろうと記事はまとめています。
映画化の構想は2005年から、実際に動き出したのは2010年くらい、本の発行と映画化は2013年です。このニュースは2014年時点のものですから、同時期であることから著者の福井氏のこの発想は、単なる絵空事ではなかったわけです。ただ、一読者としては、「ええー!」と叫びたくなるくらいのサプライズな何かがほしかったのですが。
さらに、2018年6月、新たなニュースが飛び込んできました。
「インド全域に高速インターネットの衝撃、7兆円の経済効果をもたらす」
すでに2017年に第一段階の普及は完了し、現在は残り15万の村落への高速ブロードバンド敷設が進められており、2019年3月には完了する予定。ニュースとしては、先のザンビアの意図とは異なり、大富豪によるさらなる投資、キャッシュレス化への喫緊の解決策などと記され、現実的な問題としては電力供給の不安定な状況や貧困層が本当に利用できるのかなどの疑問も残りますが、“人口13億人のインドに、あらゆる可能性をもたらす”ことは確かでしょう。その中には、先のザンビアと同じ、教育環境の充実も含まれるはずです。
未来に、希望を持てるのか
このようなニュースをピックアップし、考えを巡らせることができるのも、小説「人類資金」による刷り込みがあったから。普通ならスルー、または目にしても、その事実の意味と影響力を記事以上に考えることもなかったと思います。
すでに発展した国にインターネットが普及するのとは異なり、発展途上の国にドラスティックにインターネットが普及する世界は、私たち日本人には想像の及ばないものでしょう
今の私たちにとっては、時として息苦しくも感じる “情報”ですが、場所や受け取る人が変われば、教育や産業、医療などその世界はガラッと変えるもの。もちろん、その先に広がっているのはバラ色の世界ばかりではないでしょうが、インターネット先進国である私たちにとっても、インターネットがもたらす素晴らしい世界を夢見ていた頃の原点に立ち返ることはできそうです。“情報”が人々に与える、豊かでクリエイティブな暮らしが、この地球のどこかで新たに始まり、広がっていくことを強く願います。
もっとも著者の福井氏は、私たちのが生きる現実の世界を経済的にコントロールするほんの一握りの者たちの存在、その違和感と矛盾、無常観を一番に提示したかったとは思いますが。
『人類資金』福井晴敏著 講談社文庫 1〜7+0巻
http://kodanshabunko.com/jinrui.html
「タブレットがザンビアの教育を変える」。
http://www.icr.co.jp/newsletter/global_perspective/2014/Gpre2014031.html
「インド全域に高速インターネットの衝撃、7兆円の経済効果をもたらす」
https://www.sbbit.jp/article/cont1/34988?ref=rss