「小さく産んで大きく育てる」というのは、家庭で出産するときのコツのように伝えられています。「家庭で」出産する可能性は現代では特別な場合を除けばほとんどありません。
「小さく産む」ということは、分娩時に母体に負担がかからず、出血量も少ないことから、緊急時の対処が難しい家庭での出産には、正しかったかもしれません。
ですが施設で出産することが大半を占めるようになってからは、「小さく産んで大きく育てる」というのは問題があることが分かってきました。新生児の体重は胎児のときの栄養環境を間接的な指標として取り上げられているからです。
体重2500g以下で生まれた赤ちゃんを低出生体重児と呼びます。
戦後すぐの日本全体が栄養状態が悪かった時期である1951年には低体重児の割合は7.3%でした。戦後の復興により1975年には5.1%まで低下しましたが、その後また低体重児の割合は増え続けています。
今回は、低体重児にどのような問題があるかについてお話しします。
低体重児の割合の推移
性別に見た出生時の体重と低体重児の割合の年次推移
グラフは出生時の平均体重と低体重児の割合の推移を示したものです。1975年から2005年までは右肩下がりで低下しています。この変化に関しては男女に差は見られていません。2005年頃に低下傾向は止まりましたが、下げ止まりの状態です。
低体重児の増加の原因
産婦人科的に考えると母胎の栄養状態が悪い、妊娠期間が短くなっているなどの原因が考えられます。
1000g以下の超低体重児の割合も増え続けていますが、産婦人科技術の向上により、今までは生きられなかった超低体重児が無事に出産できるようになった側面もあるので、これ以上は触れません。
低体重児が生まれる原因としては以下のものが上げられています。
- 妊娠前女性のBMIが低い
- 妊娠前の女性の栄養状態が悪い
- 妊娠中の体重増加の抑えすぎ
- 妊娠中の食事間隔が13時間を超えると早産の可能性が増える
- 妊娠中のカルシウム摂取量不足、ビタミンAの不足
- 喫煙
- 妊娠中の食生活の乱れ
女性の社会進出が増え、妊娠してもある程度の期間は継続して働かなければならない状況を考えると、少子化の問題とともに低体重児の問題を検討するべき、社会的な問題と考えられます。
また、やせ形の女性を美しいとする考え方も胎児の栄養不足を招く問題です。
低体重児の成長
低体重児は、平均成長曲線でみると最初は低いところにいますが成長に伴い追いついてきます。
一部の低体重児には食生活に問題がなくとも、成長が追いつかないことがあります。この場合は成長ホルモンが不足していることが考えられ、治療のために成長ホルモンの投与で対処します。
実は低体重児の方が、平均値を下回っていることから、成長記録から成長ホルモンの分泌の遅さが早めに見つかりやすい傾向にあります。これは、成長が追いつかなければ心配になりすぐに小児科を訪問するからです(逆に正常体重児の場合には、あるときから平均から落ちてくるので、問題発見が遅れやすいです)。
低体重児出産のリスク
小さく産むということは「分娩時に母体に負担がかからず、出血量も少ない」という見方があります。母体の影響だけを考えると低出産児はメリットがあると思われます。
低出産児の場合には子どもにリスクがあります。小さいゆえに体の機能が完全に出来上がる前に生まれてしまう可能性があるということです。その場合に子どもの機能を補ってからでないと家族の元に行けないいうことです。
胎児としての成長は母胎中で行います。従って、医学が進んだとしても外部では何らかのリスクがおこる可能性があります。母胎の中と外界は全く同じではありません。母胎の中では羊水に包まれています。
早く外界にさらされるのが危険な例として、未熟児網膜症という病気があります。これは網膜血管が完成する前に外界にさらされて、網膜血管は異常な方向に増殖し、網膜剥離から失明する可能性がある病気です。(光凝固によって異常な方向に延びる血管を抑える方法や、早期硝子体手術を行うことで改善可能です。ただし、網膜剥離が起こる前に実施することが大切です。)見えるということは生まれてから視神経と脳が結びつくことによって、6歳頃に完成します。
胎児が羊水中で成長する時間が短い場合に、どのような影響があるかに関してはまだまだ不明な点が残されている可能性があります。
低体重児は将来生活習慣病になる可能性が高い
人間の遺伝子は共通といわれていました。
肌の色は遺伝的に決まるものですから、共通な部分と(頭が一つで、手が二本、足が二本で顔に目と鼻と口があり、肺呼吸するなど)そうでない部分があることが分かってきました。
遺伝子の長さは同じでも一部の塩基が変わることで、薬物の代謝能やアルコール分解能が異なることが分かってきました。
生まれつきの遺伝子は環境によって変化することも分かってきました。これは遺伝子の一部がメチル化することで、機能を失うことに基づいているらしいという仮説が今一番有力です。
低体重児の疫学調査
低体重児も大人になります。どんな病気にかかったかを低体重児で調べた調査がありました(このような調査を前向きの疫学調査とよびます)。この疫学調査は人々を驚かせました。
低体重児は正常体重児に比べて生活習慣病になりやすいことが明らかになったのです。
喫煙や食事量を補正してもその結果は変わりませんでした。低体重で生まれたことが生活習慣病にかかる可能性が高くなっていたのです。
何故そうなるかの研究が色々行われました。成人病胎児期起源(発症)説(Fatal origin of adult diseases;FOAD)が今のところ最も有力視されています。
お母さんのお腹の中にいる時の栄養状態により、胎児は低栄養状態でも生きられるように遺伝子の変化が起こり、出産後もその遺伝子の変化は続き、普通の人の食事でも過食になるということです。
FOAD説をさらに進めたのが、DOHaD(developmental origins of health and disease)説です。
受精後1000日間を「developmental stage」と定義します。このdevelopmental stageに栄養、ストレス、環境物質にさらされるのが第1のスイッチで、生後にsecondaryスイッチが入る(栄養、ストレス、環境物質にさらされる)と疾病が発病するという説です。
つまり、同じ栄養をとっても糖尿病になる人とそうでない人がいるというのは胎児期に決まっているということです。
このスイッチが入った状態で生まれて、生後第2のスイッチを押すことによって発病する病気には、生活習慣病以外に統合失調症やうつ病も入れる場合があります。
これは胎児期に病気になるのが決まっているというわけではありません。正常体重児では平気な刺激でも、低体重児は発病してしまう可能性が高いと言うことです。
日本人の場合には摂取塩分量に対して高血圧症の割合は少ないと言われています。しかし、BMIが低くても2型糖尿病になりやすいと言われています。これは日本人に共通する遺伝子のためと考えられています。胎生期の問題ではなく、日本人がもともと持っている遺伝子のためと考えられます。(遺伝子の一塩基変化の頻度や特定の場所のメチル化などが日本人、日本列島に長い間過ごしてきた人で頻度が他の地域と異なるということです。)
今回のFOAD説やDOHaD説は胎児の時の環境によっても変化が存在するということです。これは遺伝子的に見ると、どこかの遺伝子がメチル化されて働きが正常と違っていると考えられます。
最後に
「小さく産んで大きく育てる」に関しては産婦人科医の間では「都市伝説」といいきる人もいます。しかし、それが一般人にどれぐらい伝わっているかは疑問があります。
一般常識が、専門家の中では都市伝説、あるいは誤っているということを伝えるのがこのコラムの意義です。ただ、専門家の中には仮説をあたかも事実のように述べる人もいます。テレビのワイドショーなどで健康法を述べる専門家の話は、裏付けを取ることが必要です。一々文献を調べるのは、一般人の仕事ではありません。このコラムが役に立てばと思って記事を作っています。
参考文献
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- Velma Dobson, 未熟児網膜症児における視力発達-縞視力と文字視力の結果から-, 日本視能訓練士協会誌, 1999, 27 巻, p. 33-40
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- 福岡 秀興, 胎内低栄養環境が惹起するエピゲノム変化と早期介入による疾病リスク低下, 日本衛生学雑誌, 2014, 69 巻, 2 号, p. 82-85
- SGA 性低身長症における GH 治療のガイドライン 日本小児内分泌学会
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- The Japan Society for Developmental Origins of Health and Disease (DOHaD-Japan)のホームページ
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