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精神科病院における自殺事故で、罹患精神疾患として最も多いのは統合失調症です。
統合失調症の自殺においても、自殺リスクの把握と調整が重要とされています。統合失調症患者の自殺は、幻覚・妄想に左右されるもの以外にも対人関係の障害や生活障害がもたらす心理的負担によるものが少なくありません。
統合失調症は適切な診察と適切な治療をうければ完治する病気です。統合失調症についてその病態と治療及び完治を妨げているものは何かについてお話しします。
統合失調症とは
統合失調症とは自分を統合できないことからさまざまな症状が起こる病気です。日本人の患者数は70万人~80万人と厚生労働省は推定しています(2)。ここ30年で、推定患者数はほとんど変化していません。新規発生患者と患者でなくなった人の数がほとんど同じであると考えられます。
メンタルヘルスに問題がある場合には、統合失調症が多数を占めていましたが、うつ病患者の数がここ30年間で15万人弱から70万人強に増加しており、統合失調症とうつ病の患者数はほぼ同じになってきています(3)。
統合失調症の症状は
統合失調症の症状は陽性症状、陰性症状、認知機能障害に分類されます。
- 陽性症状:妄想、幻覚(現状や幻視)、思考障害
- 陰性症状:感情の平板化、思考の貧困、意欲の欠如、自閉(社会的引きこもり)
- 認知機能障害:記憶力の低下、注意・集中力の低下、判断力の低下
陽性症状、陰性症状、認知機能障害が周期的に変わるのではなく、同時に発症します。ひとによって、症状の出方が異なることから、統合失調症を症候群ととらえる考え方もあります。
統合失調症の周期
統合失調症は前兆期があるといわれています。その際に過労や睡眠不足が続くと急性期に移行する可能性が高まります。
急性期では陽性症状が強くでる場合が多く、社会的な問題を起こすことがあるためにここで統合失調症と診断する場合が多くなっています。急性期には活動エネルギーが高まります。
消耗期とよばれる時期がきます。数か月単位の休養が必要であり、倦怠感が強く、自信もなくなります。急性期で社会的問題がでない場合には廻りからは、仕事に集中していると判断される場合もあります。
その消耗期に精神的、身体的な疲労が取れると回復期とよばれる、治癒の状態になります。
精神病研究における統合失調症
統合失調症は精神病の中で、一番罹患数が多く、妄想、幻覚という一般的には経験できない症状がでることから、研究の中心となっていました。
特に脳波や剖検脳だけでなく、その時代の最先端の研究方法を利用して統合失調症を明らかにしようとする研究者がたくさんいます。
残念ながら妄想、幻覚といった症状をマウスモデルで研究することは非常に難しく、モデル動物による研究はあまり、臨床を反映しているとはいえません。
しかし、遺伝子解析(4,5)や双子データベースによる発症に対する遺伝学的研究(6)は他の精神病に比べ進んでいます。VRを用いた幻覚、幻視を再現する試み(7)も一部成果がでています。
統合失調症の治療
統合失調症は再発の多い病気と教科書に書いてあります。そうすると統合失調症の完治とは何でしょうか。
この記事では統合失調症の完治とは統合失調症の症状が消失すること指して話を進めます。再発が起こらないということは過去3年間は起こらないということは主治医は判断できますが、死ぬまで再発しなかったかどうか患者が亡くならないと分からないからです。
教科書的には治療を中断すると1年後に70%の人が再発するのに対し、薬物治療を続けている場合には30%、薬物治療とその他の治療を併用していると8%といわれています(8)。
薬物療法
急性期の治療に関しては、活動エネルギーが枯渇することによる自然治癒が想定されます。
しかし、急性期と消耗期の期間は薬物治療によって明らかに短縮できます。
用いられる薬は非定型精神病薬とよばれるものです。
これらの薬が効かない難治性の統合失調症にも効果のある薬物も、処方箋があれば入手可能です。
難治性統合失調症の薬には顆粒球減少という副作用があることから、観察を怠ると患者が死んでしまうことがあります。
不眠のために睡眠薬が処方されている場合には規定によって4週間に1度の診察が必要となります。
睡眠薬が不要な場合には3ヶ月ぐらい、外来の期間が空いてきます。
仕事復帰した場合には外来に行く時間が無くなり、そのまま薬を飲まなくなってしまう場合があります。その場合には完治したと判断することはできませんが、再発を起こさなければ患者本人に取っては完治したことになります。
支持的精神療法
話を一切否定せず聞いて共感することで、統合失調症患者の不安を取り除くことを目的とした治療です。
行動認知療法
うつ病で効果が確認されている行動認知療法も統合失調症に有効であるといわれています。
日本では行動認知療法を行うことができる施設が少なく、うつ病の治療が優先することから、エビデンスを形成するような試験は行われていない状態です。
行動認知療法を評価する場合に難しいのが患者だけでなく、行動認知療法を行う臨床心理士による差があることです。
二重盲検比較試験は条件を揃えるための作り出された試験法です。薬物とプラセボを比較する場合には比較的はっきりとした結果がでます。
行動認知療法ではひとが治療に関与することから、行動認知療法を行う人の差を二重盲検比較試験では調整することができません。
しかも行動認知療法を行った人を評価する方法は、治療の有効性と交絡することから、解析することは非常に難しく、二重盲検比較試験を統合解析してもその差を除くことができません。
従って、現在のところは薬物療法と行動認知療法に併用効果があるかどうかに関しては、試験によって結果が異なります。
作業療法
作業活動を通じてストレスの解消や生活リズムを整えることを目的として行われます。
作業に集中することで認知機能障害の改善も期待します。
エビデンス的には必ずしも確定されたものではありませんが、家にこもりがちである統合失調症を患っている人にとって思考が堂々巡りになるのを防ぐ可能性があります。
作業に集中することで認知機能障害の改善も期待します。
エビデンス的には必ずしも確定されたものではありませんが、家にこもりがちである統合失調症を患っている人にとって思考が堂々巡りになるのを防ぐ可能性があります。
統合失調症の完治をはばむもの
統合失調症に関しては教科書でも、総説でも、ブログ記事でも再発が多い病気ですとの記載があります。実際にどのぐらいの人が再発するのかは有効な統計がないので、分かりません。しかし、その再発があるという記載と統合失調症で薬を飲んでいる人に対する廻りの人の行動で統合失調症が再発する場合があります。
統合失調症の発症理由は患者の剖検脳の研究や遺伝子の研究、双子の研究から遺伝子に何らかの異常がある人に、環境因子があって発病することがほぼ明らかになっています。環境因子に関してはストレスが大きいと推測されます。
日本特有の問題としては親子問題です。精神保健福祉法は2013年に改正され、精神障害者の医療を受けさせることに対する責任は親または子にあるとの文言がなくなりました。
社会が責任をもって治療する必要があるということです。
親(あるいは子)の責任が治療を拒んでいた?
統合失調症の発症は思春期から成人になるときが一番多いといわれています。いわゆる陽性症状がでた場合には、急に人が変わったようになりますが、それがすぐに精神的な病気であることを気づく親はほとんどいません。幻覚、幻視の内容は本人にしか分からず、その内容を親が理解することはできません。
患者は外にでなくなる場合もありますし、親が外へ出させなくする場合があります。陽性症状で自傷や他傷を起こした場合には警察沙汰になり始めて、病気ではないかと警察から助言をうけて精神科に連れて行き、統合失調症と診断されて治療を受けることになります。
上記のような場合の治療は病気が進行しているために治療は難航する場合があります。
症状が他人に理解されない。
幻覚、幻視は本人でないと分かりません。そのため、誤解を受けることが多くなり、患者にはストレスとなります。そのために仮想現実の手法を用いて、関係者に幻覚、幻視を体験してもらい理解を深めるという、関係者の教育資料ができています。体験した人の感想では患者を見る目が変わったというものが多く、社会教育として、もっと広げる必要があると思います。
心神喪失者等医療観察法
死刑に相当する犯罪を犯しても、刑法39条「心神喪失者の行為は,罰しない」,「心神耗弱者の行為は,その刑を減軽する」に従い、無罪あるいは減刑されて、無期懲役になる場合があります。
無罪になった場合に、社会にそのまま戻すことは問題があると言うことで、心神喪失者等医療観察法が平成15年に成立して、平成17年から施行されています。
この法律は心神喪失者の病気を治し、社会復帰させることが目的です。逆にいうと心神喪失者をそのまま野放しにしないと言うことです。
この法律で問題となるのは社会復帰できる状態であるかどうかです。統合失調症では再犯率は低く、殺人に関する罪悪感のない人格障害は再発率を高いということが分かっています(9)。しかし、統合失調症であるか、人格障害であるかの判別診断に客観的な検査による指標はありません。
その結果、統合失調症の完治の定義があいまいなものとなってしまいました。社会的復帰可能な程度まで統合失調症の重度が下がったという判断で病院の観察下から外す必要があったためです。
最後に
統合失調症は適切な時期に適切な薬物治療を行えば完治することは明らかです。しかし、それを客観的に評価する検査がない事から「再発することが多い」という言葉が、元患者に重圧となり、周囲の怖いものを見るような目が再発を導いているのです。
薬物治療を中止しても1年後で30%の人は再発しません。これをどうとるかです。いつまで薬物治療を続けるのかということは全く検討されていません。
作業療法は統合失調症にも有効な手段ではありますが、対応する職員によっては再発を導く場合があります。「話を一切否定せず聞いて共感する」というのは支持的精神療法という名前が付くほどに特殊な技術がいるかのように聞こえます。実行するには、職員の性格もあるでしょうが、この「話を一切否定せず聞いて共感する」ということをスキルとして身に着けた職員に接した統合失調症の患者は非常に幸運だといわれます。
幻覚や幻視はいまやバーチャルリアリティーで体感可能となっています。
小学校高学年から中学生に関して統合失調症に関する情報を適切に与えることによって、患者が発病した時に適切な治療をうけるチャンスが上がると私は思っています。