Pixabayより引用
私は医者ではありませんが、製薬会社で30年以上新薬開発に携わっていました。新規医薬品として厚生労働省の製造販売許可を得るために臨床データを収集し、解析を行ってきました。この経験は、医薬品の評価に関しては医者と同等以上のスキルがあると自負しています。
医者は目の前の患者さんを治すために医薬品を用いますが、新薬開発をするということは、現存の医薬品よりもメリットがあるかリスクが少ないかで評価することから視点が異なります。
もちろん使っていただく患者さんの治療に役立ちたいという立ち位置は同じです。
ビバンセは2019年3月26日に製造販売を厚生労働省が許可しました。同年5月22日に薬価収載されて、同年12月3日から武田薬品工業が販売を始めました。
製造販売を承認するにあたって厚生労働省は流通管理の厳格化などの条件をつけています。普通の医療用医薬品では医師が処方箋を出せば、どこの薬局でも薬を受け取ることができます。
しかし、ビバンセと最も古くから用いられているコンサータは医師が登録した患者でその登録に記載されている薬局でしか入手できません。普段は問題ありませんが、旅先で薬がなくなった場合には面倒なことになります。詳しくは本文を参照してください。
ADHDの説明、診断の問題点、現在のADHDの治療薬の紹介、コンサータとビバンセが入手が面倒なのかを記載します。
ADHDの診断、治療法 1,2,3)
ADHDはAttention Deficit/Hyperactivity Disorderの略号で日本語では注意欠如・多動症と訳しています。また多動性症候群という人います。
ADHDは「不注意」と「多動・衝動性」を症状とする発達障害の概念の一つです注1。症状だけで診断することから、有病率に関する報告は非常に差があります。厚生労働省は学齢期の小児の3~7%としています。
アメリカ精神医学会の精神疾患の診断・統計マニュアル第5版では5つの条件で定義されています。
ADHDの診断、治療法
症状とその症状が家庭、学校、職場、その他活動の場の2つ以上の状況において障害になっていることが条件のひとつになっています。この定義は家庭、学校、職場、その他活動の場ので障害になっているというのは医師の判断ではなく、その場所にいる人の判断となることから、判断にゆらぎがでます。
統合失調症など他の精神病でないことも明らかにしないとADHDと診断することはできないということも条件に入っています。。
その他の精神病でもほとんどが本人、家族、周囲の人間による症状のヒアリングにより診断する必要があります。前出の統合失調症、双極性障害ではないことは慎重に行う必要があります。そのため、ADHDを診断する医者には高度な技術が必要とされています。また、中枢神経系に症状を出す身体疾患は少数ではありますが、注意が必要です。ADHDと誤診された身体疾患にはてんかん、甲状腺機能亢進症、脳腫瘍、結節性硬化症、副腎白質ジストロフィーがあります。
ADHDの治療法
ADHDの治療は薬物療法、学校との連携、子どもとの面接、親へのガイダンスが一つのセットとして実施されることになります。医師はその治療のコーディネーターとなる必要があります。
医師の専門は小児科あるいは精神科となります。どちらにしてもADHDに対して造詣のある医師でなくてはコーディネーターとしての役割を果たすことはできません。薬物治療の専門家として医師が治療に当たる場合には別にコーディネータが必要となります。
薬物療法だけでADHDの治療はできませんが、学校との連携、子どもとの面接、親へのガイダンスだけでも症状を取ることができない場合があります。
治療がうまく行かないと二次障害とよばれる別の精神病を発現する場合があり早期診断・早期治療が大切です。
ADHDの薬物の特徴
ADHDの薬物治療として効能を持っている薬には中枢を刺激する薬物と非中枢刺激系の薬剤があります。前者は即効性があります。後者は4週間程度飲み続けて始めて効果がでます。
どちらの薬剤もADHDを治療する薬ではなく、注意欠場、多動性のADHDの症状を抑える薬剤です。
があります。
ADHD薬剤を評価する難しさ
ある薬がADHDに効果があるかどうかを評価することは工夫のいる仕事です。ビバンセでは行動を記録するために質問表を作り、症状が重いほど点数を高くし、薬剤を飲むことでその点数がどれだけ低下するかで評価しています。
問題になるのは質問表に対して誰が答えるかということです。
一般的に薬物の効果を確かめるためには医師が答えを書かなければなりません。
しかし、学校での行動を医師が見にいくことはできません。教師がもっとも適当と思われますが、対象患者の全ての教師に許可を受ける必要があります。実際には一部教師からは、回答を書くことを拒否されました。工夫としては親に回答を書いてもらい、集計は医師が行って資料を作成しました。
親も実際に学校へ行っているわけではありませんから、教師からの連絡ノートなどから推定して記載することになります。その推定部分が評価が同列で行われていたかの保証の点で問題になります。それをつなぐために許可を得た教師の回答表と親の回答書の突き合わせを行い、大きくは違わないことを統計学的に示すことによって、厚生労働省は納得しました。
薬物を最終評価するためには二重盲検比較試験を行わなければなりません。これは実薬とプラセボを医者にも、患者にも(ADHDの場合は親にも)分からないようにして回答を書いてもらうことになります。
高血圧の薬では血圧という機械で測る指標がありますが、ADHDは人が人を評価するだけです。そのため、プラセボでもある程度の効果があらわれます。
デジタルな指標がないうつ病や統合失調症でも、指標のある病気に比べてプラセボの効果がたかくでます。デジタルな指標の場合のプラセボの効果は精神的なものが影響しているといわれますが、精神病の場合にはその精神の動きをひとが観察して点数化しているので、プラセボの効果がでやすいと想定していますが、確かめたデータは残念ながらありません。注3)
中枢刺激性薬剤はなぜ取り扱いが面倒なのか
ADHDに使う場合には問題が生じる可能性は少ないのですが中枢刺激性薬剤はそれぞれ問題があります。
今回取り上げたビバンセは覚醒剤のプロドラッグ(体内動態を望ましいものにするために容易に外れる分子をつけた薬)で、実際にADHDの治療薬として効果を示すのは覚醒剤の一種であるアンフェタミンです。
それゆえ、覚醒剤に依存が見られる大人が服用すると覚醒剤として働きます。横流しなどがおこると大きな社会問題になります。そのため、患者は登録制となり、ADHDの治療以外にビバンセが使われないように規制下で販売されることになりました4)。
同じ中枢刺激性薬剤であるコンサータも、ビバンセの発売に伴い同様の規制を受けることになりました。
コンサータはもともとはリタニンという抗うつ剤として使われていました。さらにナルコレプシー注2)に対して特効薬として効能が拡大しました。しかし、リタニンを使用したうつ病患者で自殺あるいは自殺企図の報告が増えたために、抗うつ剤として使用できなくなりました。またリタニンの剤型では依存性が報告されたことから、必要なときだけ効果を発揮するという目的で持続製剤にしたのがコンサータです。
まとめ
ADHDは鑑別診断が非常に重要な疾患です。最近増加していると言われていますが、今までは落ち着きのない子で特に問題視していなかったのが、ADHDが社会で認知されることによって増加したという意見もあります。5)
ADHDの診断基準の中に「障害になっている」という条件が入っています。この条件は非常にバイアスのかかりやすい条件です。
小学生のいじめの報告が非常に増えています。ADHDの発見がいじめの加害者であることから見つかる場合があります。(いじめの被害者ではありません)
いじめに対する真摯な小中学校の取り組みがADHDの患者を見つけることにつながっているのかもしれません。
私見を述べます。
厚生労働省は覚醒剤を取り締まる部署を持っています。薬局や親に負担をかけるかたちでリスク回避するよりも、その部署との協力して適正な流通を行うべきです。
注1:ADHDが発達障害の概念に含まれるかどうかは世界中で一致しているわけではありません。アメリカ精神医学会の前述のマニュアル第4版では発達障害とは別の概念で記述されており、第5版(2013)「で神経発達症候群を定義して自閉スペクトラム症や限局性学習症とともにADHDもその概念に含んだことから発達障害の概念が取り入れられつつある。WHOの病気の分類であるICD-10ではいまだにADHDは発達障害に分類されていません。今後ICD-11では発達障害に分類されるとされていますが、確定はしていません。日本で早くにADHDを発達障害に含めたのは2005年4月施行の発達障害者支援法第2条で発達障害とは「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害そのたこれに類する脳機能の障害」と定義していることによります。
注2:ナルコレプシーとは日中、発作的に短い睡眠に陥る病態。常に睡眠による休養が取れないことから脱力発作を伴う場合があります。故色川武大(阿佐田哲也)氏が持病としてエッセイとして公開したことから知られるようになりました。
注3:プラセボの効果があるかどうかは両方ともプラセボの二重盲検比較試験を行えば測定できる可能性があります。しかし、製薬会社はそのような試験に資金を出すつもりはまずありません。
ADHDの場合には年齢によって回復するという面もあります。その影響を避けるために、試験期間は8週間から12週間で行っています。(年齢によって徐々に回復するという仮説がそこにあります。ある日、突然回復する病態であった場合にはもっと検討が必要になるかもしれませんが、現状のやり方で厚生労働省を納得させる程度の評価は可能となっています。)