うつ病と双極性障害という病気があります。双極性障害はかつては躁うつ病とよばれていました。名前の通り躁状態と抑うつ状態を周期的に繰り返す病気です。うつ病の主徴候である抑うつ状態と名称が同じなので、同じ治療を行えばいいと考えがちです。
うつ病と双極性障害と異なった名称がついているのは違う病気であるからです。従って、同じ抑うつ症状に対してもうつ病と双極性障害では治療法は異なります。
何故、同じ抑うつ状態なのにうつ病と双極性障害で治療が異なるのかをガイドラインに従って説明します。さらにそのガイドラインの問題点について私の意見を述べたいと思います。
精神疾患の治療のガイドライン
精神疾患の治療のガイドラインにはDSM-5というアメリカ精神病学会が作成したものが日本でも和訳されて使われて、日本うつ病学会のガイドラインとして公開されています。
世界的にもDSM-5が使われることが多く、その印税でアメリカ精神病学会は非常にお金がある学会のひとつになっています。DSMはDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disordersの略号で、直訳すると精神障害の診断と統計マニュアルとなります。このガイドラインの方針は症状を集めてきて、ある疾患に共通するものであればそれに疾患名をつけて、その疾患の発生率などの変化といった統計が使えるようにするのが目的です。
末尾の5は大改訂が4回行われたことを指します。科学の進歩に伴い情報が増えることからガイドラインが改定されることになります。このガイドラインが内科や外科の治療ガイドラインと異なるのは血液生化学検査やCT検査といった第3者が共有できるデジタルなデータを診断にほとんど役に立たないという点です。
つまり、患者の訴えとそれを聞いた医者の判断により、その症状が分類され、ほとんどの診断名が決まるということです。
うつ病の診断
「日本うつ病学会治療ガイドライン Ⅱ.うつ病(DMS-5)/大うつ病性障害2016」(以下「うつ病ガイドライン」)によると「抑うつエピソード」でうつ病が疑われた場合に、重症度判定と把握すべき情報を確認した後に治療方針を立てる方法を推薦している。他の分野でよくある治療アルゴリズムは作成されていません。
うつ病から除外すべき精神障害はたくさんありますが、実際には併発している場合もあります。そのため、明確に除外すべき(治療方法が異なる)精神障害としてはパーソナリティ障害、神経発達症候群があります。
治療のために知るべき患者の状態としては身体疾患の併存の有無、心理的あるいは環境的問題の有無、社会的機能がどの程度損なわれているかを検討する必要があるとされています。
治療アルゴリズムがないことから分かるように、治療のゴールは社会復帰です。またそのような診断基準によてさまざまな病態がうつ病と診断されることになります。
双極性障害の診断
「日本うつ病学会治療ガイドライン Ⅰ.双極性障害2020」(以下「双極性障害ガイドライン)はうつ病ガイドラインとはことなり、躁病エピソード、抑うつエピソード、維持療法、心理社会的治療のエイビデンスを述べる形を取っています。つまり、双極性障害の診断は他の障害の除外診断はほとんど必要がないためと思われます。
うつ病ガイドラインに比べて最近改訂が行われたばかりです。2012年に第2版が発表されてからDMS-IVからVに改訂されたにもかかわらず2017年まで改定は行われませんでした。
2017年に改定されたのは抑うつエピソードに非定型精神剤が薬価収載されたからです。2020年の改定は非定型精神剤であるルラシドンの保険収載が行われたからです。2017年に非定型精神剤が抑うつエピソードに対して、うつ病のデータを根拠に抗うつ剤が用いられていました。
双極性障害は抑うつと躁病が周期的に変わることが特徴です。
そうなると薬剤が効果で抑うつエピソードが回復したのか、単に抑うつエピソードの周期が終了したのかは区別がつきません。また、抑うつエピソードに抗うつ剤を使うと躁病がでやすくなり、その重度も高いというデータが出てきたため抗うつ剤の使用は双極性障害ガイドラインでは推奨しないことになりました。
うつ病か双極性障害かそれが問題だ
Szilárd SzabóによるPixabayからの画像
うつ病も双極性障害もエピソードを集め診断を行います -社会復帰の難しさ-
うつ病と双極性障害の治療の最終目的は社会復帰です。ここで問題になるのが社会復帰は、必ずしも自分一人でできるものではなく、社会復帰には廻りの環境に大きな影響を受けるということです。
病気の症状が治まっていても、過去の仕事のストレスが原因で発症した場合にはうつ病でも双極性障害でも再発する可能性があります。うつ病と双極性障害の再発状況での大きな違いは、うつ病が再発した場合には仕事に支障をきたすことから、自分も廻りも早期に再発に気づくことができます。双極性障害の場合には仕事に集中している(ように見える場合も実際に集中している場合もあります)のが躁状態の始まりとなった場合には、自分も廻りも再発に気づくことはありません。廻りは病気を克服してまた頑張っているとみることが多くなります。
また、うつ病と双極性障害では自殺企図という症状がでる時期が大きく違います。うつ病は抑うつ状態が続いた後に抑うつ状態が溶ける時期に出やすく、双極性障害では躁の状態が終わりに近づいたときに自殺企図が出ます。
双極性障害の自殺企図が大きなプロジェクトが終わったときに重なると自殺企図は燃え尽き症候群によるものと誤診される可能性が上がります。
患者がしゃべることに関してうつ病の場合にはほぼ自分の状態を正確に述べることになります。色々話を聞いてもらうことにより抑うつ状態が回復する場合もあります。時には主治医が話を聞いてくれないということで文句をSNSや人生相談に投稿する人もいるぐらいです。
これは健康保険でうつ病の治療を受ける場合の限界です。
医師が患者と面談する時間は保険では5分以下と5分以上の区分しかないのです。その患者が必要とする時間、話を聞くことは治療にもつながりますが、健康保険では治療として認められていません。
内科や外科では採血は看護婦が行いますが、精神病では採血と同じような位置付けにある話を聞くということに関して外科や内科の検査技師にあたる人は公認心理師がそれに当たりますが、患者当たりの公認心理師の人数は非常に少なくなっています。
双極性障害の場合にはうそをついているわけではありませんが、躁状態の時には自分のやっていることは正しいと思っています。それが社会的に迷惑をかける場合には躁エピソードとして拾い上げることはできますが、廻りが頑張って仕事をしているとみている場合には躁エピソードとして取り上げることは普通はできません。
ガイドライン的に述べるとうつ病の場合は抑うつ状態を改善するために抗うつ剤が投与されます。双極性障害の場合には躁状態の時には躁状態を抑える薬を、寛解状態の時とうつ状態の時には非定型精神薬を長期間投与することになります。
数年前までは非定型精神薬がうつ状態の抑うつ状況の改善に対して適応を持っていなかったため、薬物治療に関してはうつ病と双極性障害に大きな違いがありました。
現在でもうつ病の薬物治療に最初に用いられるのは、抗うつ剤といわれるものです。この薬は双極性障害の寛解期から抑うつ状態では躁転(躁状態を引き起こすこと)があるので使うことはあまり勧められていませんでした。
重複になりますが、躁転で社会問題を引き起こさなければ仕事に集中してガンバル人として社会復帰が可能になる人もいます。社会性に問題があるかどうかは、仕事の内容によると思います。人間性でも倫理性にかける行動を取る場合が報告されていますが、犯罪でなければ問題視されることは少ないと思います。
最近は非定型精神薬の中にうつ病の効能を持つものもでてきました。うつ病の場合はたの抗うつ剤が効果が見られない場合に使用するという縛りがついています。うつ病と紛らわしい双極性障害II型の場合には最初から非定型精神薬を投与することもありかと思います。医薬品医療機器法に基づいて試験を行って、抗うつ剤よりも効果があることを示してもらえれば非定型精神薬がうつ病の第一選択になれば、治療薬的にはうつ病と双極性障害の鑑別診断は厳密に行う必要があるのかもしれません。(しかし、この臨床試験はとても難しい。将来的にそうなることを望むしかないでしょう)
精神科におけるセカンドオピニオン
がんの治療など命にかかわる病気でCT写真など客観的なデータで診断可能な場合には治療方針に関して他のお医者さんに聞くことをセカンドオピニオンといいます。
うつ病と診断されたけれどもこのブログを読んで、自分に躁エピソードがあるように感じた場合、そのことを主治医に伝えてください。それができない場合にはセカンドオピニオンも一つの手段です。
うつ病の場合には話を聞いてもらうために次々と主治医を変えるドクターショッピングが問題になります。これを防ぐには主治医に「セカンドオピニオンを受けるので、診断に関するデータを出して下さい」といって次のお医者さんへの申し送りを作っていただく必要があります。
繰り返しになりますが、うつ病の診断はさまざまなエピソード(患者の訴え)を集めてそれを医師のフィルターを通して行われます。従って、主治医からの申し送りはあまり参考になりません。ほとんど一からの診断が必要になります。私の意見を聞いただけで双極性II型と診断されるのも不安が残ります。
うつ病と統合失調症の場合には脳波で分別診断が可能で、これは保険も適用されます。この診断装置のない場合に、診断可能な病院に行くことは推奨されますが、残念ながらうつ病と双極性II型ではそのような検査はありません。
精神科の範囲ではセカンドオピニオンというものは確立しているとはいいがたいものがあります。そのため、医者を転々とする「ドクターショッピング」が発生する理由の一つかもしれません。
最後に
最近、双極性障害と診断された人の手記がうつ病学会のホームページに掲載されました。それを読んでいると、躁状態の時に問題を起こして入院している人がたくさんいました。躁状態で問題行動をおこさなければ双極性障害とは診断されなかったのではと思ってしまいます。
脳波の研究は進んでいます。また動きを妨げることなく脳波や脳血流の測定も可能になってきています。 ウエアラブル脳波計や脳血流計ができれば 、自殺企図がうつ病によるのか、双極性障害によるのかが分かる日が来るかもしれません。