自閉症スペクトラム障害はAutism Spectrum DisorderでASDと略されます。
「症」と「障害」が一つの単語に出てきますので、日本語に敏感な人は違和感を感じるでしょう。
自閉スペクトラム障害が正しい日本語と思いますが、日本精神神経学会が出しているDSM-5病名・用語翻訳ガイドラインではどちらでもいいことになっています。本文では著者の好みで自閉症スペクトラム障害を用います。
自閉症スペクトラム障害という名前ができたのは、比較的新しいものです。それまでは症状に応じて、自閉症、アスペルガー症候群、特定不能の広汎性発達障害に分類していましたが、それを一つの自閉症スペクトラム障害にまとめたというアメリカ精神科学会の決定に日本の学会が決めたものです。
自閉症スペクトラム障害は病気と見なすよりは人の特性と判断することが大勢を占めていますが、世の中では認知されているとはいえません。
今回は自閉症スペクトラム障害について原因、診断法、治療法を、近年の研究成果を交えて自閉症スペクトラム障害が病気ではなく、特性であることを説明したいと思います。
自閉症スペクトラム障害とは
自閉症スペクトラム障害の疫学
近年は100人に1人という報告があります。診断される人の数は増加しているといわれています。実際には診断方法の進歩により今まで見逃されていた子どもたちが自閉症スペクトラム障害と診断されていることから、見かけ上増えているように見えるのかもしれません。
男女比は男性の発病率が女性の4倍であるといわれています。男性が女性よりも多いと言うことは、比率は多少違いますが、全世界共通です。
性差が本当にあるかどうかに関しては、診断の問題という仮説があります。知的障害が女性に多く見られていることから、女性では知的障害が見られない症例では社会的困難であることが目立たないことが原因となって、自閉症スペクトラム障害との診断がされていないという説です。
自閉症スペクトラム障害の診断
日本でも取り入れられている2013 年に米国精神医学会が発表した精神障害診断・統計マニュアル第 5 版(DSM-5)によると
発達早期より認める①社会的コミュニケーションおよび対人相互反応における持続的な欠陥,および②行動・興味・活動の限定された反復的な様式があり,①,②の結果,臨床的に意味のある支障を引き起こしている場合
に診断されます。
ここで問題になるのは「臨床的に意味のある支障」という言葉です。①あるいは②の条件を満たしていても支障がなければ自閉症スペクトラム障害と診断されないと言うことになります。
これが男女の発症率の差に結びついている可能性があるという仮説の根拠です。
最近では1歳半検診によって自閉症スペクトラム障害を早期に発見しようとする研究があります。
この場合には障害が出ているわけではありません。具体的にはM-CHATとよばれる方法が用いられます。子どもを観察した親から聞き取りの形で判断しています。親が正直に答えなければ正確な診断はできません。1歳時半検診ではあくまでスクリーニングです。もしM-CHATをみて心当たりがある場合には自閉症スペクトラム障害の専門医で検査を受けることをお勧めします。
親や専門医の観察による判断で診断することは、印象によって左右されます。それを避けるためには研究が行われていますが、まだ実用化されたものはありません。一つには瞳の動きの解析に、複雑性理論を取り入れることです。これはまだ自閉症スペクトラム障害に用いられるのは先になるかもしれませんが、健康成人で測定、解析できることが最近示されたので、今後が期待されます。
遺伝子診断も自閉症スペクトラム障害に使用できるのではないかと期待されています。自閉症スペクトラム障害を持つ患者に共通する遺伝子異常あるいは遺伝子変異を調べることによって、共通する遺伝子を持つ子どもの自閉症スペクトラム障害のリスクを調べる段階です。
複数の遺伝子を組み合わせてもリスク比は1.5程度です。リスク比1.5というのは持っている人でも最大50%程度しか自閉症スペクトラム障害にならないということです。これはなにも診断せず、お医者さんがコインを投げて裏なら自閉症スペクトラム障害、表ならそうでないと診断するのと同じ確率です。
最新の診断では自閉症スペクトラム障害の症状別に遺伝子障害あるいは遺伝子変異をみると、症状によって遺伝子障害あるいは遺伝子変異に、ある傾向があることが分かってきました。実用化に向かうにはその遺伝子障害あるいは遺伝子変異を持つ子どもが実際に自閉症スペクトラムの症状がでてくるかどうかの検証が必要です。偽陰性が1%以下、擬陽性が5%以下であれば判別に使えることになります。
自閉症スペクトラム障害の治療
自閉症スペクトラム障害は病気であるという考え方は少数派です。持って生まれた特性であるとい考え方が多くなっています。そのため薬物治療の出番はなく、その特性を持った人が社会的に問題なく暮らせるための教育が主であると考えられています。これを「療育」とよびます。
しかし、自閉症スペクトラム障害の患者は多くの併発症を持っていることが知られています。
特性から来る二次的障害の場合がほとんどですが、ストレスによる身体的症状(頭痛、腹痛、食欲不振、チックなど)と精神症状(不安、抑うつ症状、過緊張、易興奮性など)が報告されています。身体的症状に関してはストレス起因性の場合が多いので、対症療法が無効の場合が有ります。精神症状に関しては、抗不安剤、抗うつ剤、精神病薬などが症状に応じて処方されます。上記の症状は年齢によって社会と折り合いがつくと治る場合があります。
不眠症は二次的障害によるものがありますが、自閉症スペクトラム障害と直接結びついている場合には睡眠導入剤による治療が有効になります。しかし、一般に使われている睡眠導入剤では小児に適応をとっているものは少なく、依存性も報告されていることから適当な薬品はありませんでしたが、体内時計の理論から睡眠誘導することを作用機序とするメラトベル(ノーベルファーマ:一般名メラントニン)が2020年3月に薬価収載、発売となったので、期待されています。
メラントニン含有のサプリメントは海外でも発売されており、その他の成分でもサプリメントとして発売されているものもあります。重篤な副作用がある場合には、医薬品であれば「医薬品副作用被害救済制度」により補償を受けることができるかもしれませんが、サプリメントではそういった制度がありません。
自閉症スペクトラム障害を社会で生かすために
自閉症スペクトラム障害は「療育」によって社会に溶け込ませる必要があると前項で述べました。 「臨床的に意味のある支障」 も自閉症スペクトラム障害の特性によるものと、それを理解していない人に接するときの二次障害で生じるものであることも前項で述べました。
「臨床的に意味のある支障」がなくなれば自閉症スペクトラム障害の「障害」がなくなります。つまりちょっと変わった性格を持つ一般人であることになります。そのための療育です。具体的にどのようなことが必要であるかを少し述べます。
療育とは自分の性格をよく知って回りに溶け込む方法を知ることです。
一つ目は暗黙の了解というものがあるということを知ることです。特性として相手の気持ちを考えることが苦手なことから「空気が読めない」といわれることがあるかもしれません。これは自分の性格として周囲に分からせることが大切です。
具体的には、自分で仕事の流れを書き出して上司に確認を求めることです。また、完成像に対しても文章あるいは図にすることで確認を取ることです。
想像力に欠けることは空気を読めないことにつながります。しかし、想像力が逆に思い込みに陥ることがあります。
一つの仕事が終わったら、その評価を自分で行って、上司に確認してもらうことも役に立ちます。
いくつもの仕事を並行して行うことも苦手なことの一つです。これは素直に上司に訴えて、一つの流れとして仕事を行うように取り計らってもらった方がいいかもしれません。
まず弱点の克服を記載しましたが、自閉症スペクトラムには集中力が高く、持続可能。几帳面さを備えている。視覚情報に強い。という強みがあります。視覚的に強いというのは、視覚で得る情報に関して判別能力が高いということです。
弱点をさらけ出すことで周囲に理解を得て、強みのある仕事を任せてもらうことが「障害」という言葉をとる第一歩であり、最終形でもあります。
発達障害者支援法
発達障害者支援法は2004年に成立した法律ですが、2016年に大幅改正が行われました。この法律の基本理念に「社会的障壁の除去」という言葉が取り入れられて、発達障害のある人が社会生活を営む上で直面する不利益は、本人ではなく社会の責任であるという考えが明確に示されています。
前項で弱点を知って、強みを生かす本人の努力方法を記載しました。
この法律の基本理念が広がれば、弱点をさらすことによって、仕事を与えられない、最終的には首になるという会社は罰則を受けることになります。しかし、この法律にあまり頼っていては自立できません。あくまでも無意味に立ちはだかる壁に対しては社会が責任をもってその壁を取り除きます。しかし、壁を取り去られても前に進まなければ自立したことになりません。
この法律のもう一つの側面は少数者である自閉症スペクトラム障害を持つ人が社会手折り合いをつけることに、両親が責任を負うものではないと宣言したことです。
早期に自閉症スペクトラム障害を発見することで、社会の責任である「療育」が早くから受けられます。そうなると二次障害に出会う可能性が減り、健康な社会生活を送る可能性というか機会を増やすことができます。
この法律では名前の通りに「自閉症スペクトラム障害」以外の発達障害の人々にも社会との折り合いがつくように社会が責任を負う責任があることを表明しています。
具体的な方法は「発達障害支援センター」によるサポートです。早期診断の次は、「発達障害支援センター」へ相談に向かうことになります。親御さんは決して家族で悩みを抱えてはいけません。社会に頼ることによって、親御さんの健康も守れるのです。
仕事ができうる年齢になれば「就労支援」があります。「発達障害支援センター」から「就労支援」までの支援ができる体制が整いつつあります。
就労支援には「就労移行支援」、「就労継続支援」、「就労定着支援」の三つに大きく分かれます。「就労移行支援」は仕事をするための必要な知識やスキルを身につけるための支援です。「就労継続支援」は一般企業で働くことが難しい人に就労機会を与える支援です。A型とB型の2種類があり、A型は雇用契約を結んで一般企業への就職をめざすもの。B型は継続的な就労が難しい人に就労機会を提供するものです。「就労定着支援」は就職した人が定着し、長期に労働できるような支援です。
「発達障害支援センター」は都道府県によって数が異なります。これは都道府県の予算の規模もありますが、設立するために地元説明会を行うと「土地の資産価値が下がる」ということで反対する人が存在するからです。「発達障がい支援センター」は地域全体で支えるべき施設です。各市町村に一つあってもいいぐらいです。反対を唱える人がいるということは、その人たちは、障害者に対する偏見があるということです。これは教育の問題でもあります。今回の記事は本来の義務教育でなされるべき内容のレベルです。教育内容の充実と障害に対するマスコミの正しい報道を願います。
最後に
自閉症スペクトラム障害は病気ではなく、人の一つの特性とみなすということが大勢になっています。
遺伝子障害あるいは遺伝子変異が原因であることはほぼ定説になりつつありますが、その遺伝子障害や遺伝子変異は遺伝なのか妊娠中に起こるのかについては両方がかかわっているというという仮設の方が優勢です。遺伝するかどうかは今のところ五分五分です。
少数者である自閉症スペクトラム障害を持つ人が社会手折り合いをつけるためには公的な援助が必要です。これは両親が背負うものではありません。
1歳半検診で早期にお子様の特性を見つけて、社会に協力を求めて療育を受けることが必要です。そして「就労支援」うけて、自立していく社会になりつつあることを理解してください。
参考文献
-
ASD(自閉スペクトラム症、アスペルガー症候群)について
厚生労働省 e-ヘルスネット -
自閉スペクトラム症とは - 原因、症状、治療方法などの解説
すまいるナビゲーター 大塚製薬 -
自閉スペクトラム症
MSDマニュアル プロフェッショナル版 - 日本語版M-CHAT
- Sou Nobukawa, Aya Shirama, Tetsuya Takahashi, Toshinobu Takeda, Haruhisa Ohta, Mitsuru Kikuchi, Akira Iwanami, Nobumasa Kato and Shigenobu Toda. Pupillometric Complexity and Symmetricity Follow Inverted-U Curves against Baseline Diameter due to Crossed Locus Coeruleus Projections to the Edinger-Westphal Nucleus.Front. Physiol., 11 February 2021
- Narita et al. Clustering by phenotype and genome-wide association study in autismClustering by phenotype and genome-wide association study in autism.Translational Psychiatry (2020)10:290
- 発達障害者支援法 e-Gov
- 発達障害者支援センター 一覧
- 障害福祉サービス等情報検索 独立行政法人 福祉医療機構
- 障害者の就労支援対策の状況 厚生労働省