介護施設での看取り(ターミナルケア)は存在するのか?
病院で病人が亡くなるのは普通のことです。いわゆるターミナルケアと呼ばれるものが病院では行なわれています。
しかし、現代の日本は超高齢化社会です。街を歩くほとんどの人や、電車の中やバスの中の人は高齢者が多いですね。一時期、孤独死などと呼ばれる在宅での高齢者の老衰による死亡が問題とされたましたが、本当に高齢者の死に場所は自分の家や病院だけなのでしょうか?
私は7年間介護施設で働いてきましたが、介護施設でも看取りやターミナルケアは行われているのが今の日本の現状です。特別養護老人ホームはもちろん、有料老人ホームや高齢の方向けの専用マンションでも看取りは行われています。
では介護現場での看取りやターミナルケアの現場はどうなっているのでしょうか?
この記事で紹介していきます。
他人事ではなく、自分の親も自分自身も何れは死にます。最後を迎える場所を考えておくのは必要な事ですね。
介護施設での「看取り介護(ターミナルケア)」の流れは?
全国老人福祉施設協議会の「看取り介護実践フォーラム」では、看取り(ターミナルケア)を下記のように定義しています。
看取りとは、近い将来、死が避けられないとされた人に対し、身体的苦痛や精神的苦痛を緩和・軽減するとともに、人生の最期まで尊厳ある生活を支援すること
事実上病院の看取り(ターミナルケア)とほぼ同義であるといます。つまり、穏やかな死を迎えられるよう、身体的・精神的負担を緩和させ、本人や家族の意思を尊重しながら援助をすることです。
では看取り(以下ターミナルケアを看取りで統一)具体的にはどのようなことが行なわれているのでしょうか?
病院で行なう看取りと何が異なってくるのかが疑問になりますね。介護施設での看取りは以下のような項目から構成されています。
- 入所者の状態を「経過記録」などで常に記録する:利用者の状態は症状に関する記録を常に日誌として残しておく他、食事量・排泄・体温・血圧・脈・酸素濃度などの利用者のバイタルサインの変化を一か月分記録した温度版といわれるものが活用されます。この温度版は医療施設の看護師がよくつけているものであり、多くの介護施設でも導入しています。視覚的に利用者のバイタルサインを捉え、急な変化があった場合は医師や看護師と介護士が連携し対応に当たります。
- カンファレンスの開催:温度版や記録により明らかな衰弱の傾向がみられたら、カンファレンスつまり会議を開催し、医療職や介護職で意見を交換、今後の利用者に対する介護や医療の提供をどのように変えていくか検討します。
- 医師の判断:やはり最終的な判断は医師が下します。「医学的所見に基づき回復の見込みがない」と医者が判断した場合は各介護看護スタッフに看取りの段階に入ることが周知されます。中には医師が常駐しない特別養護老人ホームや有料老人ホームやグループホーム等では、看取りの段階に入る可能性を介護職が看護職と相談の上で医師に報告する必要があります。この時報告を忘れた場合は事故や事件として警察が介入し、施設側の責任やスタッフの責任を追及されることもあります。
- 医師や医療職あるいは介護職から家族に説明:いわゆるリビングウィルの検討を利用者の家族に促すのがこの段階です。現在の状態を始め、今後起こりえるリスクや終末期を何処で過ごし、どのような介護や医療を受けたいかの確認を行なうことになります。一度で決められるケースは早々無く、何度かこのリビングウィルは繰り返されるのが通常です。つまり死に際にどうしたいかの事前指示書を、利用者自身を含めて全ての関係者で取り決めます。この時点でどう死ぬかの同意をしたことになります。
要するに介護施設での看取りは医療施設とは異なり、介護士つまり介護職が利用者の容態を判断し、医者やナースに伝えるという部分が大きく違います。
普通なら医師の回診や看護師の判断で看取りの段階にあるかないかの判断を下しますが、介護施設で利用者の最も身近な存在は介護職であり、看取りの段階にあるかどうかの判断は彼ら彼女らに委ねられます。
此処が最大の違いです。
この部分だけ注目すれば明らかに介護施設での看取り介護のメリットは無い、むしろ看護士や医者がいない分、危険性が高いともいえるかも知れれません。
では何故介護施設でも看取りは行なわれるのでしょうか?
介護施設で看取りを何故するのか?
介護施設でやる看取りの意味はほぼ無いが上のグラフを見てください。一目瞭然ですね。2030年には見事に47万人全員の死に場所が無くなりそうです。
介護施設での看取りを行なう理由の一つは、場所つまり病院のベッド数が足りないことです。
加えてもう一つの理由もあります。
国からいわせて貰えば、医療費のせいでこの日本という国の財政は四苦八苦な状態です。医療費だけで42兆円も掛っていいます。コロナで国民1人に対して10万円渡すなど正直な話、巨額な医療費に比べればたいしたことはありません。
一方介護費用はきちんと使われているのでしょうか?
と調べてみると…10兆円を2019年にやっと越しただけです。国の本音は医療費を削減し、介護費をつまり介護保険を使わせたいのでしょう。国民医療保険や会社の健康保険などは今後は使って欲しくないのです。
以上のように介護施設で看取りをする理由は…単純に将来の死ぬ予定の人数に対して病院が圧倒的に足りない、国の財政状況が逼迫している…という二点が挙げられます。
介護施設での看取りのススメ
私はグループホームで働いていました。看取りももちろんやっていました。正に小学生や幼稚園の慰問を受けた時は大騒ぎになります。
一月は餅つき、二月は節分、三月は桃の節句、四月は花見、五月は菖蒲湯に浸かってから菖蒲の花を見に行く、六月は利用者同士の家族との交流会があるのでビュッフェを職員が振舞う、七月は七夕、八月は盆踊りに参加、九月は敬老会でお祭り騒ぎ、十月は花火大会、十一月はまたも家族交流会で全員で御菓子作り、十二月はクリスマス会…これを毎年毎年繰り返します。
その度に写真が増えます。家族同士の交流も深まります。
看取りのステージに入った利用者の方々にも可能なギリギリのラインを介護職全員で見極め、医者と看護士を説得して家族に掛け合い利用者に参加して貰いまいした。死に際の人でもイベントに参加してもらうのです。子供が慰問に来たり、ボランティアの方の演奏会や朗読会にはベッドごと動かして参加して貰うのです。恐らくは、此処だけが介護施設での看取りの強みでしょう。
看取りとは、緩和ケアであり死に際の全人的な苦痛を和らげるものです。医者も看護師もそれを第一に考えます。延命処置はしないが少しでも安らかに逝けるよう、患者に手を尽くすのです。
しかし介護職は、モルヒネや医療用大麻なんて使えないし、注射なんて以ての外です。それならば死に際の利用者の方に、人間として最後まで生きて貰うのが介護職の務めでしょう。
春夏秋冬を感じて貰い、職員以外にも人同士の交流を深めてもらう。可能な限りそれを続ける、介護施設だからできることはそれだけです。
利用者自身や家族が望むかは正直分からないが、せめて自宅で無いなら人として最期に少しでも安心して楽しんでもらうのが介護職全員の希望でしょう。