こんにちは、アセクシャル当事者のろこそです。
LGBTQの中でも比率が一番少ないマイノリティの中のマイノリティと言われているらしいアセクシャル(最高に肩身が狭い)、海外ではAセクシャルと呼ばれています。
今回は自分が自認した上で色々聞かれたり言われて思ったことなど、こっそり載せていこうと思います。。。
アセクシャルの定義は??
私も改めて色々調べていって分かったのですが、日本と海外では少し定義が違うようです。そもそも人口的に少ないため、定義もハッキリとはまだ難しく進行形のようです。ただ他の異性愛者やLGBTQと圧倒的に違う点はあるためそちらを少し引用してご説明します。
基本的に、
- アセクシャル=他者に恋愛感情も性的欲求も抱かない
- ノンセクシャル(類似)=他者に恋愛感情はあるが性的欲求を抱かない
となっています。日本でよく聞かれるこのノンセクシャルとどう違うの?と聞かれますが上記に記した通り、とても似てますが、恋愛感情自体はある人達のことを言います。私の場合、調べていってそれが恋愛感情かも怪しいな。。。となり今のところ一番感覚的に近いのがアセクシャルかな、と思っています。
かな、というのはご存知の通りセクシャリティというのは病院や診断に行って検査されて分かる、というものでは無いため、感覚的にコレだなというものを自分で調べて自認するという形が基本です。
そのためたまにアセクシャルなのにパートナーがいる!とか結婚して子供がいる!なんて方もまれに聞きますが、恋愛感情でないところで相性が良いパートナーに巡り合う人もいますから、別に矛盾はしていないという事です。
なんでアセクシャルだと気付いたの?
十代や学生時代=青春!恋愛!というのが今の世ですが、私も当然その中にいました。毎日クラスで〇〇のこと隣の〇〇が好きらしいよ、なんて日常茶飯ですよね。で、勿論それは自分のところにも降りかかるわけですが、当時から既にそんな自分に違和感を感じていました。
“人や自分に恋愛に興味が無い。ドラマ、映画の恋愛はそういうファンタジー。”
ろこそは誰か好きな人いないの?と常に聞かれていましたが正直かなり鬱陶しいと思ってました(今もです)なんかそういう話に全くワクワクを感じないのです。
そして誰かがそういう相談を聞いてくれーと持ちかけてきても全くピンと来ない感じ。というかアセクシャルでどんな性別も恋愛抜きで“人” として見てしまうからか、『そんなん普通にこうしたら良いやん。。。』という思う事が多々。。。
これ見たら本当つまんない人間と思われますね(泣)
“告白されて、ありがとう(大コケ)”
そんな私もある日まさかの告白される日がやってきてしまったのです。その相手もまさかという人で、『なんか私これハメられてるのかな。。。』と疑心暗鬼に。結果それは心からの告白だったものの、いざ気持ちを言われた際、私から出た言葉は “ありがとう” 。これには相手も “?”
で、結果は。。。?という顔をされましたが私としては本当に精一杯の返答をしたつもりだったのです。
これは自分の中では“人として好きだと言われるなんていやー、有難いな”という気持ちだったのですが、相手としてはさぞかし肩透かしを食らった気でいたでしょう。(本当に本当にごめんなさい。)
以降、数年経って自分がどれだけ残酷なことをしたかに気づき始めた私はこれはそういう人を故意に傷付けたり誤解を生まない為にも、きちんと自認すべきだな・・・と腹を括り今に至ります。
異性や他人の性的なアピールに “お前頭大丈夫か” ()
そうして自分のおかしさにひしひしと気づき始めた頃、またもや恋愛に向き合わされる事案が発生。
これはちょっと今でもトラウマレベルに入るのですが、職業柄ダンサーをしているので早着替えなどで“脱ぐ”ことにそこまで抵抗が無いというか、人間の裸にそもそも性的な興奮を覚えるといった感覚のない私なので、更衣室などでもあまり人目が気にならなくあっという間に着替えます。笑(ダンサーは冷やさないためもありますが着替えるの物凄い早い。)
で、ある日普通に仲のいいと思ってたある男性ダンサーと遊びに行きました。その後、ご飯をお家で頂いて片付けていた時、ふとした瞬間に相手にぶつかってしまいました。(これは普通だったらキュン・・・?)でめちゃくちゃ謝ってまた片付けようとしたら何故か相手の手が私の手を掴みます。で、その後詳細には語りませんが要するにセクハラ案件でした。()
後日相手の男性曰く、『これまで物凄く仲が良かったので両想いだと思った。のでそういう事をしても大丈夫だと思った』のだそうです。
で、その時私は『普通の人は異性と仲良くなったら恋愛に発展するのが当たり前。。。?』とエラーを起こしたような感覚になったのです。私と相手の仲良しの“両想い”はなにか違うのだとその時悟りました。
今は少し和らいだのですが、その時から暫くは異性や恋愛をする人たちについてちょっとグロテスクに感じ、ショックでトラウマでした。。。そしてそういうアピールを向けられた時、普通の人なら恋愛対象と自分が見做された事を喜ぶ、という感覚があることも言われショックでした。
“そこ”に必ず辿り着かないと愛のある関係とは言わない、認めない、と社会に否定されたようで、本当に悲しかった。
“仲良し”って恋愛じゃなきゃダメなの。。。?
恋愛しない=心の冷たい人間?!
これもよく自認をしてから言われるアセクシャルあるあるなのですが、言わせてください。
恋愛をしないから愛が無い人間ではありません。。。!他のアセクシャルの名誉のためにも訴えます。笑
というのもセクシャリティ自体、人格についた性癖や性質というだけなので個人差はありますが、ここがアセクシャル当事者で一番誤解を食らいやすく一番説明が難しい部分だと思います。
よく 『恋愛しないのー?まだ良い人に出会ってないだけだよ、私もそうだった!』と豪語する方や、『恋愛のない人生なんてつまらなすぎる。。。!』と言われるのですが、何度も言いますが人付き合いが全く無いわけではありません。
寧ろ私の場合、人と付き合うのは大好きで、好きな人は沢山います。ただそれが恋愛感情にならないというだけなんです。アセクシャルの人たちの感覚、ちょっと分かってきたでしょうか。。。?
恋愛相談や男女の中立的立場にさせられる。。。
これもアセクシャルあるあるの筈。。。多分私だけじゃ無いよね??(白目)恋愛感情が分かりませんありませんというと、じゃあ!と恋愛相談役にさせられるんです。。。
多分、異性愛者や恋愛をする人たちの感覚としては自分たちと違う視点を持った人に意見をもらいたい=ゲイバーに行く!みたいな現象と同じなんだと思うんですが、これもちょっと矛盾してますよね。。。
恋愛感情が分からない人に自分達の恋愛話持ちかけても解決しないのでは。。。?ちなみにノロケといった謎マウントや攻撃もそもそも対象外()なので通じません。
なのでもうイザコザに挟むのやめて下さい(圧死)
マイノリティの中のマイノリティ。。。肩身の狭さNo.1
最初の方でもお伝えしましたが、アセクシャルはセクシャルマイノリティの中でもマイノリティに分類されます。
今の所、全人口の1%、日本では百人に一人ぐらいの割合では無いか、と言われています。思ったより結構いますよね。でも他のレズビアンやホモセクシュアルの方々よりは少ないので、全人類で考えると相当少ないのかもしれません。もう火星に引っ越そうかな。。。(白目)
よく他のアセクシャルの方も言うんですが、最近ネットなどから探せるオフ会やコミュニティなどに行ってもやはりアウェー感が拭えない、と言います。
そもそも、恋愛感情が無ければ性的欲求も個人によれ、そこまで無いので話が合わないんです。。。という事で、アセクシャルが交流しやすい場所というと同じアセクシャル同士のコミュニティがメインになってしまうそうですが、あるアセクシャルの方は普通のセクシャルマイノリティのオフ会に行った時、他のセクシャリティの人に“恋愛できないなんて可哀想だねえー” と言われ泣く泣く帰ってきたそうです。(地獄。。。)
マイノリティのオフ会なのにそういう事言ってしまうのはちょっと・・・と思いますが、単純に人口が少ない故まだセクシャルマイノリティの中ですらきちんとした情報が行き渡ってないという事のようです。そのために書いてます・・・。
ある意味人と一番平等に付き合えるのかも
先ほども上に書きましたが、恋愛感情や性愛がメインにならない性質故に、“人間” として相手を見ることが割とそのままで可能なのかなと最近思うようになってきました。
恋愛から離れている故に、ある意味どっちの立場も俯瞰して見ることが可能かもしれません。それが男性でも女性でも、レズビアンでもゲイの人でもです。人間が恋をして誰かと関わる、という当たり前であるはずの性質が抜けている故、そういう当たり前の性質から全く外れたところから人を見られるのかな、と思っています。ある意味それが特権であるかもしれません。
セクシャリティとは個人の人格とはまた別のもので、所詮性別も嗜好も人格を飛び越えられないものだと私は思ってますが、自分の人格をもってしても変えられないこの“性質”の部分、どうせならまた他の誰かが生きやすくなる方向に使えたら良いですよね。