これまでの記事
NICUのある病院へ
重度の口唇口蓋裂で生まれたユウは、低体重出生児だったこともありNICUのある病院に転院しました。
小さなケースに入れられて救急車で送られるユウを見届けた翌日、私もその病院へ転院。産後の入院生活は病室とNICUとの行き来をすることになりました。
特殊な哺乳瓶・スペシャルニーズフィダー
まずはミルクを飲めるようにならなければいけません。
上唇がほとんどない状態で生まれてきたため、唇で哺乳瓶の乳首をとらえるということができません。
そのためまずは挿管し、胃に直接チューブでミルクを入れていました。
哺乳瓶は口唇口蓋裂児が飲みやすいよう設計開発されたメデラ社/スペシャルニーズフィダーを使用し、飲む練習をしていくことになりました。
ホッツ床(口蓋閉鎖床)の作成
さらに、生後3日目ごろ歯科医の訪問があり、”ホッツ床”を渡され使い方を教えてもらいました。
ホッツ床(しょう)は口蓋にはめて使うマウスピースのようなもので、ユウの口蓋に合わせて作られてありました。
おそらく、生後すぐに型どりをしたのだと思います。
ホッツ床(口蓋閉鎖床)
ホッツ床には口蓋を矯正する効果とともに、口蓋にある大きな裂をふさぐ目的があります。
(当時、ユウの口の中を覗くと鼻の粘膜(左右の鼻の穴の間の壁)がすぐ近くに見える状況でしたが、生後1か月もするころにはその粘膜の壁がかなり奥まっていたのには驚きました。)
さらに鼻の下に貼るテープ(3Mのマイクロポアーを使用)の作り方、貼り方の指導もありました。これも鼻の下の手前に飛び出した中間顎(ちゅうかんがく)をできるだけ奥に引っ込めるための矯正効果があり、中間顎の位置をなるべく正しくしておくことで口唇裂の手術をしやすくするためのものです。
哺乳の開始
(実際の写真)
さて、この哺乳瓶は一般的な哺乳瓶より乳首が長く、唇を使わなくても舌で押し上げることでミルクが出るようになっています。また弱い力でもミルクが出るため、吸啜力がほとんどなかったユウにもぴったりでした。
ただ、それでもミルクを飲むために舌を押し上げるというのはとても疲れることのようで、途中で眠ってしまうことが多く、たった5mlのミルクを飲むためにずいぶんな時間がかかります。
「起きて~。お口から飲めるようにならないとチューブ外せないよお~」と看護師さんに何度も声をかけられていました。
ミルクであっても、我が子を腕に抱いて飲ませている時間はとても幸福なものでした。
また、舌を押し上げてミルクを出すという動作を本能的に習得していくことユウにも感心させられました。
いよいよ自宅へ…通院は体力勝負
ミルクの量が安定して飲めるようになった約3週間後、ユウは退院となります。
そして生後1ヶ月を待たず、歯科への通院がありました。この時期は口蓋の形の変化も大きいため、2週間に一度の受診そしてホッツ床の作り替えは2ヶ月に一度行いました。
(上に挙げたホッツ床の写真は、左側…生後すぐに作成したもの、右側…生後2ヶ月で作成したもの。口蓋の形がずいぶん矯正されているのが見て取れます)
必要な通院ではありますが、産後の身にとって慣れない赤ちゃんとの外出はかなり体力を要するものでした。
口唇口蓋裂を専門に診ることができる歯科は限られており、出産した病院の形成外科と提携している矯正歯科までは都道府県をまたがなくてはいけません。
大人一人だと電車を乗り継いで2時間もあれば行けるのですが、途中のミルクやおむつ替え、ベビーカーのためエレベーター待ちの時間を含め、予約の3時間半前に出発していました。必ず通勤/退勤ラッシュとかぶることになり、日々の睡眠不足に加えて移動にはかなり体力を使いました。
(ちなみに、乗り換えのたびにエレベーターを利用するので往復で14回乗っていました。しかしせっかくエレベーターが来ても満員で見送ることも多く、エレベーターの待ち時間だけでも合計45分ほどかかることもありました。ぐずる赤ん坊をあやしながら待つ時間はかなりきついものがあります。どうか、歩ける方はエスカレーターを利用してほしいというのが切な願いです…。)
通院は、夫婦で協力するのが必要不可欠。それでも大変です。
自宅ではホッツ床+テープを使用
NICUに入っていたころ、歯科医から言われたことがあります。それは「毎日判を押すように同じことをやるのが大切」。
ホッツ床は1日1回、入れ歯洗浄剤に入れて消毒すること。ホッツ床の装着は入れ歯安定剤を使用すること。
テープは(ユウの場合は)右から左へ向かって、ぎゅっと圧迫するように貼すること。
テープを貼る際は肌荒れ防止の下地を貼ってから。下地用のテープも矯正用のテープもあらかじめ切っておいてたくさん用意しておき、ミルクなどで濡れるたびに貼りかえること。
自宅でつねにホッツ床+テープで口唇と口蓋をよい位置にしておくことが、手術の成功には大事なことだと言われました。
離島のようなものが中間顎(前歯が生えてくる部分)
口唇裂の手術をすると表面は両端の上唇とくっつきます
手術がしやすくなるよう、毎日テープを貼ることで中間顎部分をできるだけ奥に引っ込めます
ホッツ床は入れ歯用安定剤で装着し、口蓋の穴をふさぎます
手さぐりでの生活にはハプニングも
ミルクやおっぱいを飲んでいるときにげほっと吐いてしまうことは赤ちゃんならあるあるかと思いますが、ユウも何度かそのようなことがありました。ただ、そのうちの2回ほどは、吐くことができず喉の奥にがらがらと詰まらせ苦しくなり、顔が赤茶になっていくのを見てあわてて救急にかけこむということがありました。
ホッツ床を装着するときに外れてこないよう入れ歯用安定剤を使用していたため、それが溶け出して喉に詰まったようでした。それを機に入れ歯用安定剤の種類をいろいろ変えて試してみたり、量を調整するなどしました。
社会とのかかわり
さて、写真でも分かるとおり、我が子は重度で見た目はほかの大勢の赤ちゃんとは違いました。
近くに住む義母はたいへん可愛がってくれましたが、外出の際はできるだけベビーカーのフードを下げて人目につかないようにしようとしているのがわかりました。
ただ、私は人の目からユウを隠そうとはしませんでした。
お出かけもしましたし、我が家は車を持たないので電車移動でした。友だちが遊びにくることもありましたし、同じ年代の赤ちゃんと遊びに行ったりもしました。
早い時期に口唇の手術をしてしまうため、この疾患は手術前の姿があまり知られていません。私もそうでした。
なので初めて見た人はびっくりしてしまうかもしれません。しかしどんな差別も、無知からはじまるのではないでしょうか?
口唇裂の赤ちゃんがいる、社会の中の1人であるということを隠す必要はありません。
はじめてユウを目にする人の反応はさまざまでした。
幼稚園や小学校低学年くらいの子は、「どうしてこんな鼻や口なの?」と聞いてきてくれました。小学校高学年くらいの女の子などは、ベビーカーを覗き込んでは意外にも「あ!赤ちゃん。かわいい~」と言ってくれることが多かったです。
大人も、赤ちゃんというだけでまずは「かわいいねえ」と声をかけてくれる人がほとんどでした。
社会とふれあいはじめた小さな命にとってはまず笑顔を向けられ、かわいいねと言われるという体験はとても大切なものなのではないでしょうか?
中には、自分の子どもに向かって「こら。あの赤ちゃん見ちゃダメよ」と叱るお母さんもいました。子どもは好奇心から見つめているだけ。見てもいいのになあ、と残念な気持ちになりました。
口唇裂について
先ほども書きましたが、とくに小さな子は「なぜこんな顔なのか」と聞いてくることが多かったです。そのときには相手がどのくらいの好奇心でどのくらい知りたがっているのかを探りながら、簡単に説明するようにしていました。
Amazon.co.jpより
実は、お腹の中では誰しもが口唇口蓋裂です。
こちらの本は口唇裂に限定しての描写ですが、どうして口唇裂で生まれてくるのかがイラストつきでわかりやすく説明されており、親になったばかりの私たちにとっても理解の助けとなりました。
通りすがりの子にこれを見せて説明することはできなくても、この本で得られたイメージを伝えるのにはとても役立ちました。
ちなみに、保育園や小学校でもこの本は活用できました。口唇口蓋裂児の親なら1冊持っておいて損はないかと思います。
初回の手術が決定
さて、生後1ヶ月ごろ、口唇裂の手術を行う日が決まります。
一般的には生後3ヶ月ごろにする手術ですが、ユウは低体重出生児だったこともあり生後4ヶ月になってから行います。
次回は口唇裂の手術と、その前後のケアなどについてお話しします。
関連記事(当記事を含みます)
- 重度の口唇口蓋裂で生まれた我が子 ~妊娠から出産まで~
- 重度の口唇口蓋裂で生まれた我が子 ~手さぐりでの生活~
- 重度の口唇口蓋裂で生まれた我が子 ~生後4ヶ月での両側唇裂形成術~
- 重度の口唇口蓋裂で生まれた我が子 ~口蓋形成手術までの準備~
- 重度の口唇口蓋裂で生まれた我が子 ~2歳での口蓋形成手術~
- 重度の口唇口蓋裂で生まれた我が子 ~2歳での口蓋形成手術・術後の様子~
- 重度の口唇口蓋裂で生まれた我が子 ~3歳・言語訓練スタート。8歳で正常構音ができるようになるまでの記録~
- 重度の口唇口蓋裂で生まれた我が子 ~口唇口蓋裂と集団生活(保育園)
- 重度の口唇口蓋裂で生まれた我が子~小学校のみんなに知ってもらおう企画~
- 重度の口唇口蓋裂で生まれた我が子 ~Q&A よく聞かれる質問に答えます~
- 重度の口唇口蓋裂で生まれた我が子~顎裂の手術(顎裂形成・顎裂部骨移植手術)にむけて①~
- 重度の口唇口蓋裂で生まれた我が子~顎裂の手術(顎裂形成・顎裂部骨移植手術)にむけて②・気持ちと心の準備~
- 重度の口唇口蓋裂で生まれた我が子~顎裂の手術(顎裂形成・顎裂部骨移植手術)①入院と手術~
- 重度の口唇口蓋裂で生まれた我が子~顎裂の手術(顎裂形成・顎裂部骨移植手術)②入院期間前半
- 重度の口唇口蓋裂で生まれた我が子~顎裂の手術(顎裂形成・顎裂部骨移植手術)③入院期間後半
- 重度の口唇口蓋裂で生まれた我が子~顎裂形成手術、1回目と2回目の違い~
- 重度の口唇口蓋裂で生まれた我が子 ~これまで、現在の様子、そしてこれから~