2021年4月16日~25日、こくみん共済Coopホールにて演劇女子部『眠れる森のビヨ』が上演された。
演劇女子部とは
演劇女子部とは、ハロー!プロジェクトのメンバーであるアイドルたちが主演をつとめる演劇の取り組みである。BEYOOOOONDSが主演をする演劇女子部作品はこれまでの「不思議の国のアリスたち」(2019年)、こぶしファクトリーとのW主演の「リボーン~13人の魂は神様の夢を見る~」(2019年)、「アラビヨーンズナイト」(2020年) に加え、本作が4作目。ちなみに、客演や共演のない、BEYOOOOONDSメンバー12人だけで行う舞台は今回が初めてとなる。
演劇女子部『眠れる森のビヨ』への予想と期待
BEYOOOOONDSはもともと曲中に寸劇を入れるなどエンターテイメント性の高いアイドルグループで、これまでの単独主演舞台でもショー的な要素を多く含んだパフォーマンスが好評だった。笑いを誘う場面も多く、勢いと賑やかさが印象的なミュージカルだった。
『眠れる森のビヨ』というユニークなタイトルが発表されたときも、またきっとそのような舞台になるのだろうと予想したファンが大半だった。
もともと芝居が好きな私も「演技力という面では弱いメンバーが多いけれど、まあBEYOOOOONDSならきっと楽しいパフォーマンスをしてくれるだろう!」と予想をしていた。
裏切られた予想
しかし実際に幕を開けると、『眠れる森のビヨ』は過去の舞台とは明らかに異なる毛色だった。まずSNS上で散見されたのは「重い」という感想で、それ自体がこれまでではあり得なかったワードである。笑いの要素はほぼなく、ミュージカルではあるけれどもそのままストレートプレイ(※歌唱を含まない芝居)にしても成り立つものだった。
主役・平井美葉への驚愕
この舞台を語る上で欠かせないのが平井美葉である。キャスト一覧でトップに表示されることや「はじめて主軸となる役をいただいた」という彼女の言葉から、舞台の主役を平井がつとめるのだろうということは予想されていた。
しかしこれまでであれば、メインの役どころのメンバー以外にも特技を生かす見せ場が与えられており、順番にそれを披露していくような形が多かったのに対し、『眠れる森のビヨ』では平井美葉演じる「ヒカル」という男の子が完全に中心にいる。
ヒカル役の驚くべき点は「演技をしている」ということすら感じさせなかったことだ。
普段の平井美葉とはまったく異なりヒカルでしかないのに、演じているという感じがまったくしない。しぐさ、言い回し、癖などあらゆる面においてヒカルという人物そのもので、しかもそれが計算されているように見えない。初めて演技に挑戦した「不思議の国のアリスたち」からすでに才能の片鱗は見せていたが、ここまでのことをやってみせるとは。
演出の中島氏曰く、前作の『アラビヨーンズナイト』での平井美葉の印象から今回の主役が決定したとのこと。確かに『アラビヨーンズナイト』の平井の演技は良かった。大胆であったし、男役がとてもなじんでいた。ただ、華やかなステージで生き生きと動くアイコン的な存在の一つで、キャラクター性を前面に押し出したものだった。
対して『眠れる森のビヨ』のヒカル役は普通の男の子である。
普通の男子高校生というリアリティが必要になるし、ステージ上でのアイコンではなく一つの人生を生きているという説得力が必要になる役だ。さらに前作とは比べ物にならないほどの膨大なセリフ量がある。ヒカルの「心」の動きを見せつづけるという非常に繊細な、最初から最後まで一瞬でも気持ちを途切れさせると成り立たない難しい役だった。
ヒカルは、本当に普通の男子高校生。私が目指していたのはまさにそれなんです。どうだったかな?
(平井美葉ブログ「僕たちは本物だった。」)
一貫して言えるのは初日から千秋楽まで一瞬たりとも気を抜くことなく、全身全霊でヒカルだったということです。
(平井美葉ブログ「ヒカルについて書いたよ」)
ヒカルは大きな決断をする役である。同じ決断はおそらく観客の誰もが経験したことがなく、決して「身近な共感を呼ぶ」ようなものではないだろう。
だけど観る人はそのヒカルの決断に感動し、涙すらした。それはヒカルという人物が生々しく演じられ、そこに至るまでの苦悩や葛藤がリアリティをもって伝わってきたから。また、ヒカルを取り巻く人物の心情がたしかにそこにあるものとして伝わってきたからだ。
全員が期待値を超えてきた
BEYOOOOONDSならばそれなりに楽しませてくれるだろうという期待は、彼女たちのエンターテイメント性やパフォーマンス力の高さによるものである。『眠れる森のビヨ』はその期待を全員が超えてきた舞台だった。つまりアイコン的に動くということを超え、役そのものとして存在していた。
崋山高校演劇部という設定の『眠れる森のビヨ』。その崋山高校演劇部がたしかに存在していた。
平井美葉(ヒカル役)
終始驚かされっぱなしだったが、最後の重要なシーンで演出から「上手(かみて)に居るということ以外は自由だから思うように表現して」と言われ、そのようにしたというエピソードには度肝を抜かれた。てっきり「こんな風に表現して」と演出されたと思っていたからだ。大きな悲しみをもってヒカルが生を肌で感じるシーンだ。言われたとおりにやるのではないからこそ、彼女のヒカルが映し出された。一瞬も嘘偽りなく役として生きていた。
歌はハロプロ歌唱でもミュージカル歌唱でもなくストレートな歌い方でそれもまたヒカルらしかった。
島倉りか(ヒマリ役)
ヒマリは最初、普通の女の子として描かれ、徐々に異様さをヒカルよりもやや先に観客が感じられるようになっている。 前半はミスリードを誘う演出で、その独特の雰囲気が見事。表情作りもうまい。
島倉りか本人が飄々とした印象の子だけに、感情をむき出しにしてヒマリとして生きる姿に驚いた。歌のシーンも多く、いわゆるハロプロ歌唱といわれる特有のクセがないので聴きやすい。
山﨑夢羽(ノゾミ役)
ヒカルとともに、とにかく驚かされたのが山﨑夢羽だった。顔だちも雰囲気も華があり過去作品ではいつも目立つ役を与えられていた山﨑だが、声がたいへん特徴的で歌い方の癖も強いためかどの役でも「山﨑夢羽」に見えてしまっていた。一生懸命演じているのだが、「山﨑夢羽が演じる○○」に見えてしまう。それが今回は山﨑の良さを生かしつつ、ノゾミの個性に昇華させていた。
ノゾミは部員の中では尖っていてクセのある役。気の強さに「嫌な奴だなー!」と感じたことも何度かあったほど笑、山﨑ではなくノゾミだった。しかも声がスコーンと前に飛ぶので気持ちがいい。本人が苦戦したという、とある暴言が特によかった。
演出も「彼女は今回で覚醒したと思う」と評するほど、ガラリと変わった姿を見ることができた。華やかで歌がうまい彼女は今後もBEYOOOOONDSの舞台作品でメインになることがあるだろう、山﨑の成長でこれからの舞台がさらに楽しみになった。
里吉うたの(カナエ役)
少し酷評になってしまうが、あと一歩何か突き抜けたものがほしいと感じた。気づかいができる里吉の性格からか、周りをかなり観ていて、それがカナエとしてなのか里吉としてなのかわからなくなる。やや目線が泳いだり、身体が揺れたりするのも気になった。芝居をしているという風に見え、舞台上で「里吉うたの」に見えてしまう瞬間がある。
とはいえ今回は全員のレベルアップが著しかっただけにそう感じるだけで、演劇女子部としての彼女の芝居は悪くないと思うし、シルエットもきれいで声もいいしダンスもうまい。一度なりふりかまわず役に没頭する彼女が観てみたい。
高瀬くるみ(タマエ役)
ハロプロ研修生になる前から芝居をやっていたこともあり、演技力には定評がある高瀬くるみ。前作でもハタチそこそこで意地悪な乳母の役を見事にこなしていた。
今回のタマエ役は物語の展開に直接関与する役ではないので、高瀬くるみを贅沢な使い方したなあと正直思った。しかしタマエが喋ると場が締まり、物語のテンポを作ってくれていた。タマエは明るいキャラクターで表情も動きも生き生きとしており、暗いテーマのこの作品で「陽」の存在になっていた。
前田こころ(ツムギ役)
気弱な男の子かと思いきや、後半になってキーパーソンであることが分かる役。最初の気弱さは前田こころ自身の女の子らしさが残っているのだと思って観ていたが、それも役作りの計算だったのだとしたらスゴイ。
ツムギの存在はまだまだ解釈の余地がありそうで、ツムギを中心に観ていっても面白いかもしれない。
一岡伶奈(浜田先輩役)
ナルシストな浜田先輩と、劇中劇では悪役のトップ・カラボスを演じる。
透明感がある癒しボイスをもった一岡は、前作では儚く健気な女性役だったのだが、悪役のトップとは。意外だったが、しっかりハマっていた。もう少し声にパンチがほしい気もしたが、間の取り方や雰囲気でカバーしていたのが素晴らしかった。
江口紗耶(山上役)
女の子らしくてかわいい江口は、長身ゆえに前作から男役に。前作はまだハマりきってなかった気がするが、今回はカチッとピースがハマった感じがした。本人はなんとなくしっくりこなかったようで、山上役の高評価も意外だったようだ。
BEYOOOOONDSでは年下メンバーにあたる江口が演劇部の部長である最年長・山上を演じる。包容力のある男らしさ、横並びではない部長らしさが出ていたと思う。意外性もあってか個人的に好きな役だった。ただ毎回この演技をするわけにはいかないと思うので、次回はまた新たな役作りをしてくるであろう江口が楽しみになった。
小林萌花(ネネ役)
ピアノを特技としてBEYOOOOONDSに加入した小林は毎回舞台でも演奏している。今回は演劇部のピアノ担当という役立ったため芝居とピアノ演奏の両立が自然だった。ピアノ演奏中も小林萌花ではなくネネとして弾いているので、雰囲気に一貫性があった。セリフが多い役ではないけれど、その少ないセリフの中でネネの性格が伝わるというのはなかなかすごいかもしれない。
演技ではほかのメンバーに後れを取っている感があったが、今回でその印象は払拭された。小林自身、「いつかは主軸となる役をやりたいという目標ができた」と語っている。
岡村美波(ユッコ役)・清野桃々姫(ショーコ役)
BEYOOOOONDSでも最年少コンビである二人は、劇中でも新入生コンビという立ち位置だった。清野が腰の怪我で治療中だからなのか、もしもの事態のときはユッコ・ショーコは一人でも担える役になっていた。二人とも大きな役ではなかったが、新入生コンビがいたことで「部活動らしさ」にリアリティが出ていたと思う。
岡村は劇中劇で王女様役となり、赤ちゃんを見つめるシーンがある。16歳とは思えない母性にあふれたまなざしで、岡村の演技力の片鱗を見た気がした。
パフォーマンス能力が高く飛び道具的な役が多かった清野は、久しぶりの普通の女の子役。演技力には期待しているメンバーなので、清野らしさをいったん全部捨てた役どころも観てみたい。
西田汐里(夢子役)
主軸となる役でもなくキーパーソンというほどでもないのだが、「思い」をたずさえヒカルに接する役。少しゆっくり喋るようにしたと西田が語っていたように、その喋り方のおかげで夢子のセリフが1つ1つ際立っていたように思う。安定した演技力と歌唱力で「演劇部の高校生」を全うしており、設定に説得力を添える役だった。
普通の女の子役なのだが、深読みすると何かありそうなキャラクターだと感じさせるのは西田特有の雰囲気によるものなのだろうか。読み解けそうで読み解けない、芝居全体の余韻のようなものにもつながる存在だった。
アイドル演劇らしからぬ解釈の余地
『眠れる森のビヨ』は演出、脚本、音楽も素晴らしかった。個人的には脚本を読みたいから販売してほしいと思っているほどである。
先にも書いたようにヒカルは大きな決断をする。そしてそれがこの舞台の終わりでもある。決してハッピーエンドではない。ハッピーエンドともバッドエンドともいえない終わり方は、私たちの人生そのものでもあるような気がする。
役として生きていたと書いたようにメンバーはメンバー自身ではなく役の生を全うしているのだが、それぞれの役はそのメンバーの中に潜在的にある部分を引き出していた。脚本の中島氏はメンバーに細かな演技指導をしなかったようで、その演出力とメンバーの探求心には感心させられるばかりだ。
舞台の冒頭とラストには同じ曲が使われる。しかしその曲はまったく違う意味をなし、私たちに届く感情もまったく別のものになる。また、ラストでは音階が低くなっていきスカッとした気持ち良さでは終わらない。さまざまな解釈の余地があり、またこの舞台を見たい、何度でも見たいと思わされる。読み解くことを楽しんでもいいし、観たままを受け取ってもいい。
「幸せ」だとか「不幸」だとか「悲しい」だとか、そういった単純な言葉に複雑な感情を押し込んで表現する必要はない。
2021年の秋に予定している『眠れる森のビヨ』映像作品の販売を楽しみに待ちたい。